マツダ・ロードスターの特別仕様車には、二つの系譜がある。カラーや素材で個性を際立たせるドレスアップ志向と、シャシーや制御に手を入れて走りを磨くスポーツ志向だ。現行ND型のスポーツ志向を象徴するのが、2021年の「990S」と、2026年に登場した「PS(ピュアスポーツ)」。両車は同じ方向を向きながら、目指すドライビングフィールは異なる。そして今回の改良を読み解くには、背景にある車外騒音規制への対応も欠かせない。
990Sは、車両重量990kgという軽さを出発点に、RAYS製鍛造アルミホイールなどでバネ下重量を低減。ダンパー、スプリング、電動パワーステアリング(EPS)、エンジン制御にも専用の調整を施した。狙いは、軽量な車体が生む俊敏な応答をさらに引き出すこと。ドライバーが荷重移動を積極的に使い、コーナーをリズミカルにつないでいく「ヒラヒラ」とした身のこなしが持ち味だ。
対するPSは、モータースポーツ活動で得た知見を量産車に反映し、操縦性と安定感を磨く。前後スプリングのバネレートを高める一方、ダンパーの減衰力を抑える方向で専用チューニングを実施。ロール剛性を高めながら、路面からの入力を過度に硬く感じさせないことを狙った。車体の動きを抑え込むのではなく、姿勢を整え、操舵に対して素直に応答する特性を目指している。
990Sが軽さを積極的に感じさせる「ヒラヒラ」なら、PSは接地感と姿勢の安定を保ちながら旋回する「スイスイ」。どちらが優れているという話ではなく、人馬一体を異なる運動特性で実現しようとするアプローチの違いだ。
UN R51フェーズ3への対応がもたらした変化
2026年の商品改良では、国連規則UN R51のフェーズ3に代表される車外騒音規制への対応が大きなテーマとなった。加速走行時などに車外へ放射される騒音を、より厳しい基準内に収める必要がある。内燃機関のスポーツカーにとって、排気音だけでなく吸気音やタイヤのパターンノイズも含め、車両全体で対策しなければならない課題だ。
マツダが採った手法は、単純にエンジン音を小さくすることではない。まず、タイヤメーカーと協力して静音タイヤを採用し、タイヤ由来の騒音を低減。特性の変化に合わせてEPSの制御も見直し、ロードスターらしい操舵フィールを保つようにした。静かなタイヤに交換して終わりではなく、そのタイヤを履いた状態でステアリングの手応えまで再調整した点が興味深い。
排気系ではサイレンサーを大型化し、吸排気系には専用レゾネーターやリブを新設計。特定の周波数の音を抑えるなど、音源ごとに対策を積み重ねている。一方、ソフトトップ車ではインダクションサウンドエンハンサー(ISE)を標準化。車外に漏れる吸気音を抑えつつ、ドライバーにはエンジンの吸気脈動を伝え、運転中のサウンド体験を損なわないようにした。
つまり、外には静かに、室内には気持ちよく。この相反する要求を両立させることが、今回の音づくりの要点である。
規制対応を、走りの再調律へ
騒音対策はPSだけに施されたものではない。ロードスターとRFのラインアップ全体に及ぶ改良であり、タイヤの変更に伴うEPSの最適化、吸排気系の見直しなど、クルマ全体のバランスを再構築する作業となった。PSとソフトトップRSには専用サスペンションも採用され、MT車では加速応答改善制御やヒール&トゥアシスト制御を導入。さらに、レブリミット直前まで出力を絞らずに走れるよう、エンジン制御も改められた。
PSは、ブラックのRAYS製16インチホイール、シルバー塗装のブレンボ製対向4ピストンキャリパー、ビルシュタイン製ダンパーなどを備える。だが、その価値は専用パーツの数では測れない。規制対応で変わるタイヤや吸排気系の特性を踏まえ、操舵、車体姿勢、エンジンの応答、ドライバーに届く音までを一体で調律していることに意味がある。
ロードスターの特別仕様車は、見た目を楽しむ方向と、走りを深める方向の両方で進化してきた。990Sが「軽さ」を突き詰めたモデルなら、PSは車両全体の協調によって操縦の質を磨くモデルだ。騒音規制という制約を、単なる性能維持ではなく再進化の機会へと変える。そこに、登場から11年を迎えたND型がなお進化を続ける理由がある。
