【九島辰也のカーガイ探訪記】Honda初体験は懸賞で当てた「ロードパル」。いまはCB750Fの復活に期待している(2026年8月号)

 人生最初のエンジン付き車両はホンダだった。それは2輪、名前はロードパル。見た目からして文字どおりの「原動機付き自転車」である。黄緑色のフレームをいまもなんとなく覚えている。

ホンダ・ロードパル

 とはいえ、こいつは買ったのではない。地元、東京・自由が丘のスーパーが周年記念に掲げた懸賞だ。つまり、当選したのである。10枚のハガキに自分の住所を書いて投函した。  いま思い返せば、16歳でかなりくじ運を使ったのかもしれない。

JMS2025のHondaブースではCB1000Fが大いに気になった。でも本心はCB750Fがほしい。2輪担当者様、ぜひご検討を

 原付免許は持っていたので、それを普段の足にした。原動機とはどんなものなのかは関係ない。自転車よりもラクして遠くへ行ける乗り物といった認識だった。あの頃は近所にガソリンスタンドはあったし、パンクしても近くの自転車屋がすぐに直してくれた。カジュアルで便利なアイテムである。

 しばらくするとそれに乗って教習所へ通い出した。目的はバイクの中型免許取得。教習バイクはこれまたホンダ。CB400T、いわゆるホークⅡだ。まだ「ヤカンタンク」も数台あったと思う。憧れはホークⅢで、いつか限定解除したらCB750Fに乗りたいと思っていた。

「ナナハン」は憧れだし、いつもホンダがバイク選びの中心にいた。

 中免取得後はホークⅢではなく、なぜかスズキGSX250E(カタナの前)を購入。高校時代をそれで過ごした。が、大学でホンダCBX400Fを友人から譲り受けた。確か10万円で。最近の取引価格はその30〜40倍らしい。残念!

ホンダCB400F

 というように、ティーンエイジは身近にホンダがあった。バイク漫画もそう。『バリバリ伝説』主人公の巨摩 郡はカタナのイメージが強いが、最初はホンダCB750F。時世がらそれは当然だろう。ただ、個人的に好きだったのは「バリ伝」よりも『ナナハンライダー』。主人公早川光はCB750FOURを操っていた。いうなれば典型的なクラシックバイク。ネイキッドスタイルが男っぽくてクールである。

 それじゃ4輪はというと、ホンダを所有したことはないが、大学時代に友人のシビック・カントリーにお世話になった。そいつのクルマに勝手にサーフキャリアを付けてボードを積んで海に通っていた。ウッドパネルがなんともアメリカン。湘南が似合った。鵠沼のマックに乗り付けていたのは甘酸っぱい思い出だ。

シビック・カントリー

 ネットによると、このクルマは北米ではシビック・ワゴンという名前で売られていたらしい。しかもモータートレンド誌の1980年インポートカー・オブ・ザ・イヤーで1位を獲ったとか。なるほど、ということは当時アメリカホンダのオーダーで生まれたのかもしれない。SUVが誕生する以前のアメリカはワゴンカルチャーが根付いていた。家庭の主人がセダンやクーペに乗り、ハウスワイフがステーションワゴンで一家の一週間分の食べ物をスーパーで買うといった風習だ。

CB1000F

 話を2輪に戻すと、最近のホンダはCB1000Fが順調と耳にする。確かに周囲でも2名がすでに購入しているし、個人的にも気になっている。昨年のJMSでは3回くらいまたがった。でも、個人的にはやはりナナハンの復活を願っている。そう、CB750Fだ。754㏄の2気筒があるけど4発のほうがベター。それをネイキッドボディに積むだけ。難しくはないはずだ。どうホンダの2輪担当者さん。メーターとヘッドライトはちょっと工夫してもらいたいがね。

「ナナハン」待っていますよ。

くしまたつや/モータージャーナリスト。2026-2027日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。『Car Ex』副編集長、『American SUV』編集長など自動車専門誌の他、メンズ誌、機内誌、サーフィンやゴルフメディアで編集長を経験。趣味はクラシックカーと四駆カスタム

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