【九島辰也のカーガイ探訪記】「クルマは人生の先生」である。クルマを学ぶと世界が見える

 今回(雑誌『CAR and DRIVER』2026年3月号)の特集は「人とクルマの物語」である。自動車メディア業界の方々をメインに各々の想いを語っていただいた。そこで、個人的にも綴ったのだが、結論として「クルマは人生の先生」とした。クルマを通じて世界情勢を知ったからだ。学生時代は日本史専攻だったので、世界史(とくに現代史)に疎かったのが正直なところである。

 中でもアメリカの歴史を知ると自動車産業の栄枯盛衰がわかる。中国が台頭する以前、北米は世界最大のマーケットであり、そこを目がけて各カーメーカーが自動車開発を進めていた。

 アメリカのゴールデンエイジは1950年代から60年代とされる。1953年にコルベットが、64年にマスタングが、67年にカマロがデビューする。70年にはアメリカンニューシネマのヒーロー、ダッジ・チャレンジャーがデビューした。大排気量&大パワーのマッスルカー全盛を迎える。

 ただその背景にはベトナム戦争があることを忘れてはならない。1960年代後半から73年にかけてアメリカ軍が劣勢になる中、強いアメリカを国内にアピールする必要があった。そこでマッスルカーが生まれたという説がある。「大排気量=強いアメリカ」という図式だ。また、1968年のテト攻勢がTVで報道されると、その激しさからアメリカ国内で反戦ムードが強まったのも事実。ヒッピーカルチャー、フラワームーブメントが盛んになるのはこの頃だ。その象徴がVWビートルやワーゲンバスだったりする。

 1973年1月にパリ平和協定が結ばれ、ベトナムからのアメリカ軍全面撤退が開始される。と同時にこの年の10月に第4次中東戦争が勃発し、原油価格が高騰。結果第1次オイルショックとなった。自動車業界にとって最悪なのはマスキー法制定の直後であったこと。深刻化される大気汚染問題の対策として施行された法令とオイルショックが重なったのである。

 結果、ホンダは副燃焼室付きエンジンのCVCCを完成させ喝采を浴びる。当時ビッグ3がお手上げ状態だった規制を彼らはクリアしたのだ。そしてその技術は複数のカーメーカーに供与された。  なんて感じで、世界史の教科書を開かずとも自動車を通じて世界情勢が勉強できる。これらの内容は1990年代にデトロイトのブックショップで買った自動車専門誌に書いてあることばかりだ。

 ちなみに、クラシックミニ(オースチン・ミニ&モーリス・ミニマイナー)が誕生した背景には第2次中東戦争が関係する。1956年に勃発した別名スエズ動乱が原油の高騰を引き起こしたことで、英国政府の要望のもと、低燃費のコンパクトカーが必要となった。クルマは時代の動きと密接に関連しているのである。

 これを現代に置き換えると、自動車業界がクリアしなければならない課題は地球温暖化対策となる。そこで内燃機関からの脱却とBEVへの転換が図られたが、そこにはいくつも壁があった。そのあたりは皆さんもご存じのとおりである。

 その状況を豊田章男さんは「100年に一度の転換期」と数年前から口にしている。個人的にも20年前からそれを原稿に書いている。1900年頃の自動車事情を記述した文献に、ヨーロッパの道路をガソリンエンジン、電気自動車、蒸気自動車が走っていたと記載されていたからだ。つまり、100年前に現在と同じようなパワーユニット競争が起きていたことになる。どうです、知識力が高まるでしょ。まさに「クルマは人生の先生」である。

くしまたつや/モータージャーナリスト。2025-2026日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。『Car Ex』副編集長、『American SUV』編集長など自動車専門誌の他、メンズ誌、機内誌、サーフィンやゴルフメディアで編集長を経験。趣味はクラシックカーと四駆カスタム

雑誌『CAR and DRIVER』連動記事

CAR and DRIVER (2026年3月号)のご紹介

  • 巻頭トークセッション【2026年のクルマ界隈】スポーツカー、SUV、ブランド戦略、Kカー、BEVの5テーマを取り上げる
  • 特集【人とクルマの物語】「クルマ好き13名」のパーソナルストーリー。あの人はどんなモデルを愛車にし、生活をともにしてきたのだろうか
  • 【新車試乗記】VWパサートTDI、メルセデス・ベンツGLB、BYDシーライオン6
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