
初代日産プリメーラは、日本とともに英国工場でも生産する世界戦略車として1990年2月にデビュー。中でも高速走行時のスタビリティはずば抜けており、フロントにマルチリンク式、リアにパラレルストラット式サスを奢ったシャシーは、「FF世界一」と呼ぶにふさわしい高い完成度を誇った。プリメーラは、R32型GT-Rとともに日産の「901活動」の成果である
最初にボクなりの「近未来のミドルクラス・サルーン」の理想像を紹介しておこう。まず「4+1」の快適なキャビンと十分なトランクスペースを備え、それをできるだけコンパクトな、しかも長持ちするスタイリングのボディで包むクルマである。
そのスタイリングは、一般的なデザインの魅力のほかに、さらにアクティブセーフティの核になる視界の面で、高度な要素を内包することが欠かせない。大げさな空力付加物をつけずに、可能な限り優れた空力性能の実現も求めたい。
動質もより高度になってほしい。速く静かで快適でありながら、その中に「走るここちよさ、安全な走りに結びつくような、疲労感のない覚醒効果(あるいは高揚といってもいい)」といった要素を、しっかりと盛り込む必要がある。
安全性はもちろん大切である。といりわけ一次安全性……優れたスタビリティと制動性能を、その中心に据えたい。スタビリティとしては、そのクルマの最高速度でパニック的な緊急回避を行なっても大丈夫、といった性能が必須だ。
とにかく、豊かな時代のユーザーが長く満足してつきあっていける内面的な充実度の高さを満たしたうえで、時代を超えて魅力を語れるような美しさ(単純なカッコよさではない)を持っているクルマなら、まさに理想的である。
現在のサルーンは、この理想像に対してどの程度の水準にまで到達しているのか、プリメーラをテキストにして検証していこう。ボクには、このヨーロッパ戦略車は、理想のミドルクラス・サルーンを目指してように感じる。
プリメーラは、どこから見ても「実力派」だ。スタイリングにしても、日本流のディテールにこだわった造形ではない。塊としての主張の強さ、美しさを追求している。こういったデザイン思想のクルマは、これまでの日本にはなかった。だから、マジョリティ層はプリメーラに違和感を抱くことが大いに考えられる。ヨーロッパ車のマネという意見も出るに違いない。確かに、一面ではそうした考え方もうなずける。が、それだけで言葉が終わるようなことはしたくない。
以前からボクは、日本車のデザインはディテールにこだわりすぎていると感じていた。その結果として、離れて遠くから眺めると印象が弱くなり、存在感が薄くなるクルマが多かった。日本車がアメリカやヨーロッパで強い自己主張を打ち出し、存在感を放つには、ディテールよりも「塊そのものの美しさや強さ」を追いかけるべきである。
ヨーロッパやアメリカには強い背景がいくらでもある。クルマは走る環境、背景との対比で印象が変わる。100年、200年という長い時間に鍛え抜かれた石造りの建築物は、その前にある物はなんでも、クルマでさえも力のない存在に変えてしまう。それは広大な大地に真っ直ぐに、あるいはゆったりとうねりながら延びているドイツのアウトバーンやアメリカのフリーウェイなどの力感も同様である。走るクルマを、ともすると弱々しい存在に見せる。
さらにいえば、欧米人は体格や顔立ちも日本人より大ぶりだし、アクセントの強いメリハチのある骨格をしている。明らかに日本人より存在感が強い。そんな人間を見慣れた目で、日本のクルマを見ると、やはり弱さが際立ってしまう。ボクはそう感じている。
プリメーラは、日欧米の3市場で売る国際車だ。英国工場で生産することを含め、とりわけヨーロッパ市場の価値観を重視している。つまり、強い姿のクルマでなければならない、ということが最初からコンプセプトの核になっていたはずだ。同時に機能性の高さ、効率性の高さ、質の高さ……といった点が、デザイナーの課題になったはずである。プリメーラを眺めていると、直観的に姿の強さと同時に機能の優れたクルマというイメージが伝わってくる。
キャビンは、4名の大人がくつろいで長距離を走り抜くことができる広さをしっかりと確保している。トランクも4名分の荷物が十分に積み込める。これならヨーロッパのサマーバケーションでも立派に使えそうだ。しかも空力的な高水準は誰の目にも疑いないし、走りがよさそう……というイメージもしっかり伝わってくる。
つまり、小型サルーンに求めたい機能、効率、性能を、外観から判断しやすいのである。それを典型的に示しているのが、プリメーラのパッケージングの基本である「ショートノーズ&ロングキャビン&キャビンフォワード」だ。キャビンフォワードは、スペースとエアロダイナミクスの高い融合に大いに役立っている。
実質機能を重視し、切り捨てるところは切り捨てるコンセプトが、プリメーラの姿を説得力のあるものにしているのは間違いない。このあたりの割り切りは、長くヨーロッパの小型車が得意としてきた。プリメーラはそこにズバッと踏み込んでいる。
誤解しないでほしいが、プリメーラは、機能、効率ばかりを追った無味無臭なクルマではない。ノーズに収まったツインカム16Vユニットは、十分以上にパワフルであり、最強モデルの実力は220㎞/hにも達する。220㎞/hを支える足もまた強力そのものである。高いスタビリティを中心としてパフォーマンスは、世界の同クラス車の頂点に立つレベルに達している。プリメーラは、切り捨てるところは切り捨て、奢るところは徹底的に奢ったクルマである。それがデザイン面での押し出しの強さと相まって、見る者にいままでの日本のサルーンにはなかった、強い印象を与える要因になっている 。
プリメーラの走りは「硬質であり、かつ高質である」。走りの性能でとくに注目すべきは。なんといっても足回りの能力である。
キミたちは日産の「901プロジェクト」つまり1990年代に世界一の走りのクルマを作ろう、という活動はすでに知っているはずだ。たぶんGT-Rを通じて知ったに違いない。そう、R32型GT-Rは901プロジェクトの見事な結晶であり、ボクたちを驚かせた。GT-Rはただ並外れて速いというというだけではない。その速さを支えるシャシーの性能も、ケタハズレの素晴らしいレベルである。
GT-Rの陰に隠れがちだが、実はプリメーラもまた、901プロジェクトの一方の主役だ。別名「FF901」と呼ばれているプリメーラは、1990年代のFF車で世界一の走りを目指して開発されたクルマである、むろん見事に目標を達成している。走りの実力は確かなものだ。FF901を誇るにふさわしいハイレベルのクルマである。
プリメーラもGT-Rと同様、目標としたのは圧倒的なスタビリティだった。プリメーラはリミッターのないヨーロッパ仕様車では220㎞/hのトップスピードをマークする。文句なしに超一級品のこのスピードを、シャシーは危なげなく支え切る実力を備えている。
アウトバーンを全開で飛んでいく。4速か5速をホールドしたまま、全開でコーナーをクリアしていく……そんなハードな走りを、プリメーラはケロリとやってのける。こういう走りでの優位性は、これまではヨーロッパ車の独壇場であり、とくにドイツ車が圧倒していた。
日本車の性能も最近は向上していたが、ドイツの優秀なライバルに追いつくまでにはまだまだ時間が掛かると、誰もが考えていた。ところが、GT-Rはその厚い壁をあっさりとブチ破った。続いてプリメーラも飛び越えてしまったのだから、あっぱれである。
日本車を操ってアウトバーンやアウトストラーダを駆けるのは、つい5〜6年前まではかなり疲れる仕事だった。行く手に遠く、トンネルの黒い入り口が見えると、思わず、あのトンネルに無事に入っていけるだろうか、なんて考えたことさえあった。それほど日本車の高速スタビリティは悪かった。
「スピードの出るクルマ」と「スピードの出せるクルマ」は、まったく別物である。日本車は、スピードは出るが、スタビリティが伴わないクルマが大半だった。だがGT-Rとプリメーラは明らかに違う。こうしたクルマの出現が、日本はもちろん世界のメーカーに刺激を与え、日本車のレベルを一気に引き上げる可能性は大いにある。
実際、他メーカーの技術者の話の中にでも、この2車の話題がよく出てくる、大きく拍手/賛辞を送りながら、熱い対抗意識を燃やす人が多い。ライバルメーカーの技術者たちの、そんな意欲的な態度に接していると、ボクは本当にうれしくなる。きっと近い将来、日本車の走りのレベルは質的にグンと向上すると、期待が膨らむのだ。
それにしても欧米のライバル、とくに欧州のメーカーは、プリメーラに果たしてどんな評価を下すだろうか。GT-RはグループAレーシングカーのベースモデルだ。つまり特殊なカテゴリーのクルマといった事情で、まだ気持ちに余裕があると思う。しかしプリメーラは、オペルやフォードと同じ価格帯で大量に売る、文字どおりの大衆車である。それだけに身近なライバルとして脅威を感じるだろう。
プリメーラに接した欧州のライバルメーカーは「これは大変だ」と思っているのは間違いない。プリメーラは日本だけでなく。欧米のメーカーに必ず「新たな進化への一石」を投じる、プリメーラ効果があるとボクは信じている。
プリメーラは日本だけでなく、世界的なマーケットを含めて「1990年代サルーンの方向性」を示した、エポックメイクなブランニューカーなのである。いままでの日本の価値観から脱却し、世界的な視野で骨太な骨格を構築した意義は大きい。日本での、販売セールスも好調に推移している。日本のマーケットもいよいよ本物を正当に評価する目を持ったようだ。
※CD誌/1990年8月10日号掲載
