【日本車黄金時代】「1994ホンダNSX-R(NA1型)」はスポーツカーの素晴らしさと熟成の大切さを教えてくれた。まさに心が昂った!

NSX-R top

原点回帰で覚醒したスポーツカーの本質

 ニュルブルクリンク・サーキットで汗みどろになり、アウトバーンを260㎞/hで駆け抜け、そして穏やかな丘陵がうねるカントリーロードではくつろいだドライブを楽しむ……NSXがデビューした直後、ボクはドイツで存分に走る機会を得た。

 そして、高度な性能と完成度に驚かされた。ジェントルに走るときのNSXは優れたサルーンのように従順で洗練されたマナーを示し、サーキットのゲートをくぐれば、すぐに超一級品のスポーツカーに変身。圧倒的なタイムを難なく叩き出した。

 NSXをドライブして、スポーツカーの歴史に新たな1ページが加えられたことをボクは確信した。しかし、その速さと上質さに大きな感激を味わいながら、そして日本からこんなクルマが生まれたことに誇らしげな気持ちを抱きながら、なにか満たされないものを感じていたのも事実だった。

NSXリア

NSXコラージュ

 走れば心から「素晴らしい!」を思うのだが、心が締め付けられるような、鼓動が高まるような、夢見心地になるような……そんな感覚が湧き上がってこないのだ。ニュルブルクリンクを走っていても、ボクの心には冷静さがまとわりついて離れなかった。

 スポーツカーとは、ステアリングを握る人の心を熱くし至福の時に導く存在である。その点にこそ“本物の”スポーツカーの存在意義がある、というのがボクの持論だ。NSXの素晴らしい性能に感激しながらも、強く引きつけられるまでに至らなかったのは、従来のスポーツカーとは明らかに違うNSXの洗練と冷静さに戸惑っていたからかもしれない。

NSX-Rの誕生で“心を熱くする”スポーツカーに成長

 NSXに対する熱狂的なフィーバーが起こっていたときも、ボクはなんとなく冷めた目で見ていた。当時はまだバブル華やかなりし頃で、金儲けとカッコつけのためだけにNSXに飛びついた連中も少なくなかった。そんな連中が乗るNSXを見るにつけて、ボクのNSXに対するイメージはマイナス方向に振れていった。

 しかし、バブルははじけ世の中に冷静さが戻った。スポーツカー好きがスポーツカーに乗るという本来あるべき姿になるにつれ、NSXのイメージも変化してきた、そして1992年11月にNSX-Rがデビューすると、それまでの印象は大きく変わったのである。

NSX-Rイメージ

 “R”は現代のスポーツカーとしては、とてもスパルタンに仕上げられていた。チタン製のシフトレバーの硬質な感触と、シフトコントロール系の剛性感の高さ。そして、そのコンビネーションがテンションを高めてくれる。スポーツカーのエモーショナルな部分の演出効果も大いに高まっていた。深々としたフルバケットシートに身を沈め、MOMO製のレザーグリップのステアリングを握り、チタン製のレバーに手をかけるだけで、走りへの昂りが湧き上がってきた。

 そして、走り出すと、締め上げられた足につねに揺すられ続け、締め上げられたステアリングは強烈なキックバックでドライバーを攻め立てる。Rをまともに走らせることは、まさに“闘い”と表現するのがふさわしい。10分も全力で走ると、なまったボクの体からは、ほとんどエネルギーが奪い取られ、肩で息をするといった状態に追い込まれてしまった。が、ボクはそんなRに引かれた。ノーマルのNSXでは味わえなかった“クルマとの一体感”を味わうことができたからだ。心が熱くなるという喜びも感じられた。

走り

 スポーツカーにとって、原点回帰は進化を否定するものではない。真のスポーツカーファンの願いを追求すると、“挑戦”とか“闘い”とか、“精神の高揚”といった要素を濃密に埋め込んだクルマになる。このキーワードは古くさい過去の遺物ではない。いわば、本物のスポーツカーが持つべき普遍的な価値だ。

 つまり、走ることに夢を抱くドライバーの精神と肉体に素晴らしい高揚感と最高に心地いい疲労感、そして次の走りへのステップアップの強い意欲をのぞかせることは、時代の壁を越えて、スポーツカーが持つべき条件なのである。

 ステアリングが軽く、乗り心地がよく、静かなことが現代のスポーツカーの条件ではない。もちろん、スパルタンなことが本物のスポーツカーの証だといっているわけではない。

 ただ、技術のないスパルタンさと、高度な技術に裏打ちされたスパルタンさとではまったく意味が違う、ということがいいたいのだ。これは足が固いか柔らかいか、ステアリングが重いか軽いかといった単純な次元の話ではない。

 ハイテクは現代のレーシングマシンの性能を飛躍的に引き上げた。しかし、マシンの進化だけがタイムを短縮しているわけではない。いまや伝説的存在のレーシングドライバー、スターリング・モスやファン・マニュエル・ファンジオに比べて、現代のアイルトン・セナやアラン・プロストが楽をして走っているわけでは決してない。

インパネ

 いや、むしろ厳しい体力と精神力と知力、正確な判断力と勇気ある決断力、そしてすさまじいまでの勝利へのイメージ形成能力が、ハイテク時代のチャンピオンドライバーには求められているはずだ。マシンの進化は同時にマシンを操るドライバーの進化をもたらしている。技術とは、人間を退化させるものではない。人間を向上・進化させていくのが本来の姿なのである。

 進化を図るには、つねにモノの原点を見据える姿勢が必要だ。そして原点に立ち返って見つめた価値観をベースにして新たなステップを踏まなければならない。スポーツカーは、ある種人間の本能に根ざして生まれたものである。存在する意味も、そこにある。それだけに、原点を見据えながら技術を磨くことが何より大切なことだとボクは考える。

専用40/45ロープロファイルタイヤ&アルミがもたらした洗練

 NSX-Rにボクが引かれる理由も、元を正せばそこにたどり着く。ボクはRの登場によって、初めてNSXに本物のスポーツカーとしての強い存在感を感じた。だが、それはそれとして、やはりスパルタンすぎるという印象は拭えなかった。

 坦々とした路面を坦々と流しているだけで、間断なく強い上下動にゆすられ続ける乗り心地と、最低50回の腕立て伏せ、心肺機能強化のランニングを毎日強要されるようなタフなハンドリングは、もう少しなんとかしてほしいと思っていた。

 ところが開発陣の真摯な努力で16/17㌅サイズのタイヤを得た最新のRは、そんな希望を叶えてくれた。45/40扁平の専用タイヤとホイール、専用のブレーキパッド、そしてブッシュを中心に新たにチューニングしたサスペンションを組み込んだNSX-Rは、依然としてスパルタンではあるものの、ロードカーとして最低限必要な丸みを身につけていた。

イエロー

 試乗車のリアタイヤは、スリップサインが出る寸前というひどい状態だった。それは剛性とのバランスやハンドリン面では明らかなマイナスを生んでいた。しかし、乗り心地はその状態でも旧Rよりは格段によくなっていた。揺すられ感がすっかり姿を消していたのだ。

 新型Rの乗り心地も、普通の人たちにとっては、快適とはいい難いだろう、しかし、スポーツカー好きにとっては、気持ちを高揚させるレベルと種類の固さであり、乗り味だといえる。

 ワインディングロードをその気になって攻めはじめると、やはりステアリングはガシッとした重さを伝えてくるし、かなりエネルギーを奪いもする。しかし、キックバックが大幅に抑え込まれているせいか、負担はずいぶん軽くなった。

 これなら、少々体力と筋力の衰えたドライバーでも、技さえあればなんとかついていける。いわば、エネルギーの過度な消耗は抑えながら、エキサイティングなイベントに参加したという喜びを肉体的にも味わえるレベル、とでもいえばいいのだろうか。

シート

 エンジンは8000rpmのレッドラインまで、よどみなく回り切る。このエンジンに文句をつけたら、罰が当たる、駆動系とアクセル、スロットル系のタイトさもOKだ。

 試乗車のリアタイヤがひどく摩耗した状態だったことは、すでに報告したとおりだ。新品タイヤに対してCP(コーナリングパワー)が大幅に上がり、ハンドリング面でのバランスやボディ剛性とのバランスがかなり悪い状態にあったことは間違いない。せっかくのRをベストコンディションで味わえなかったのはとても残念だ。

 しかし、何はともあれ、“R”はNSXが本物のスポーツカーでありたい、と願って生み出されたクルマであることを証明してみせた。ホンダらしいスーパースポーツの進化を、素直に喜びたい。
※CD誌/1994年5月26日号掲載

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