趣味人_入川ひでと×九島辰也 特別対談クルマを愛することは「オトナの嗜み」。そこで、今回はクルマ文化とライフスタイルに精通するモータージャーナリスト九島辰也さんの長年の友人であり、先輩でもある入川ひでとさんに“大人の嗜み”についてお話をうかがいました。
嗜みとは、しっかりとした趣味や、人として備えておくべき節度や教養などを指す言葉だと理解しています。これは一朝一夕では身につかないものです。ある意味、文化の教養度ですからね。
私は海外へ行って本物を見て、背景を知ることが大切だと考えています。日本でいろいろ物を買うより、同じお金を使うなら海外で実体験を積みセンスを磨き日本で展開するほうがプラスをもたらす。私自身、それをずっと実践してきました。たとえ他人から“無駄遣い”といわれても、それが文化の違いやその背景、素晴らしさを理解するのに最も適していると信じているからです。実際に無駄遣いしないと、それがいいものかどうかもわからない。つまり、“嗜み”は自己投資の結果でもあります。
極端な話、私は仕事で儲けたお金は、すべてそれに注ぎ込んできました。ちなみにここでいう“無駄遣い”は、日本でこそマイナスを含んだ言葉ですが、海外では美徳なのです。要は、日本人はお金の使い方がまだまだ下手だと思います。
“嗜み”といっても、そこにはビギナー層とアドバンス層と大きく2層に分かれます。それらを立体的なものとして眺めたとしましょう。真上から見るとビギナーもアドバンスも、ある趣味を共有しているという意味では違いはありません。でも横から見ると道具も、着ている洋服も、移動しているクルマもまったく違う。その差は知識量とか、経験、ライフスタイルなどに起因しますが、海外の場合は家柄とか生い立ちに付随しているケースもあります。
立体的な見方ができ、物事の背景がわかれば、いま自分が手を出すべきは、このあたりかな、と理解できるものです。でも日本人は真上からしか見ていない人が多い。だから成功してお金を持つと、名車や凄い道具をいきなり購入してしまうケースがある。でもそれを客観的に見ると恥ずかしいことになりかねません。海外では若いときから自らオイルまみれになって一生懸命に走りを楽しみ、ようやく成功しポルシェ906を購入しル・マン・クラシックに参戦するといったストーリーを持っている人がたくさんいる。でも日本ではまだそんな人は少ないですね。名品の裏にあるストーリーと歴史を理解してお金を使ってこそ意味があるわけです。
私の父親は大変な趣味人でした。クルマとバイクが好きで、休日には釣りや狩猟も楽しんでいた。猫も犬もいて、いろいろなところに連れていってもらった。その影響が大きいですね。子ども時代から周囲にクルマやバイクがあるのが普通でした。そんな環境で育ったから、自然と乗り物が好きになった。父親がポルシェに乗っていたことで、もう中学生の頃には、本物の凄さをわかっていたように思います。
いま私が所有している1963年式のポルシェ356 Bもそうですが、このクルマはフォルクスワーゲンをベースとした大衆車から、本物のスポーツカーへと進化する過渡期のものなんです。この356というクルマを通じて、ひとつの文化が変革を遂げる瞬間の作り手の意志や技術の進化を追体験することができる。九島さんもよくご存じのように、クルマに限らず、たとえばフライフィッシングならレンジローバーの歴史から入るといったように、そのモノの背景にある歴史やストーリーを深く学ぶことこそが、文化理解の第一歩になります。
そんなカッコいいものではありません。“嗜み”の裏側は“必死のパッチ”。死に物狂いで頑張ってきました。もちろんそれを見せないように努力はしたつもりです。趣味や遊び、すなわち嗜みとは、自分を高めるものなのです。私の場合、それが仕事にもつながっていますが、普通の人にとっては、自分を取り戻す“切り替え”となるものかもしれません。
趣味をライフスタイルにまで昇華するには、まずは“茶坊主”の気持ちになれるかどうかが分かれ目です。大人であっても、新しいことを始めるのにあたって、謙虚に教えを乞い、必死に学ぼうとする態度になれるかどうか。
社会的地位のある人ほど謙虚になるのが難しかったりしますが、プライドを捨てて茶坊主になり、謙虚な気分で向き合うと物事の本質、背景が理解できる。そうすれば、自然と周囲もいろいろと教えてくれます。クルマだと文献も多いので学びやすい面もありますね。
日本にもかつて白洲次郎さんを筆頭に、徳大寺有恒さんや松山猛さんのような多くの趣味人がいらっしゃいました。自動車の専門知識だけでなく、ファッション、時計、眼鏡、食に至るまで幅広く深い教養を持ち、独自のライフスタイルや美学を体現されていた方々です。
いまはウェブなどで手軽に情報が手に入る時代ですが、その多くは表層的なもので、本質的な教養には結びつきにくい。AIなどの技術も表面的な情報を編集するのは得意ですが、心に響くような本質や共感を生み出す領域には届きません。
だからこそ、センスのいい憧れの人(先生)を見つけ、そのスタイルや振る舞いをトレース(模倣)してみる。これが最善の方法だと思います。先人たちの背中を追いかけ、歴史や背景にある物語を深く学び直す。そうして惜しみなく情熱や投資を傾け、自分の中に消化していく姿勢こそが、失われつつある日本の豊かな嗜み文化を次の世代へと繋いでいく近道なのだと信じています。
ちなみに、私がプロデュースする羽田空港対岸にある「キングスカイフロント」のホテル「The HOTEL Well-hub Haneda」はそんな考えをもって作り上げました。ただ宿泊するのではなく、滞在することで自分の興味の入り口を見つける場所となる。1Fのフロアはすべてつながっていて、クルマがあり、劇場があり、そしてお酒もある。滞在することがすべて体験になる、サロンのような場所で自分のライフスタイルに向き合うきっかけを作ってもらえたら嬉しいですね。
そういえば、最近行われたフォーミュラE東京大会はいいイベントだったと思います。シンガポールよりコース設定がテクニカルでスリリングだし、ストップ&ゴーのレイアウトとはいえライン取りも見どころでした。でも、観客に東京大会の面白さのすべてが伝わったかというといささか疑問です。観客向けのスクリーンに映し出されるのはマシンが走っている姿ばかり。まるでテレビゲームを見ているような印象でした。
モータースポーツはというのは、走るシーンだけでなく、ドライバーやチームの姿はもちろん、開催地の素晴らしさや観客のファッション、食事など、イベントを取り巻くバックグラウンドやストーリーも伝えないと、本来の魅力は伝わらない。たとえば映画『栄光のル・マン』(1971年)では、遊園地のシーンから始まり、朝もやの中に911が居て、という展開になっています。やはりスティーブ・マックイーンはよく理解していると思います。
フォーミュラEに限らず日本のモータースポーツは、ディテールにはこだわるけれど全体が見えていない気がします。視野が狭い印象でもったいない。そんな思いもあって私たちのACCR(ALPINE CLASSIC CAR RALLY)は、モータースポーツとしても本気で取り組むのは当然として、ライフスタイルも表現でき、さらに日本の自然や地方に向き合ったものに一段と発展させていきたいと考えて活動しています。ぜひ、視野を広げて、モータースポーツにも興味を持ってもらえたらと思います。
日本では一般的に一芸に秀でている人が評価される傾向がある中で、クルマをはじめ、フライフィッシング、バイク、狩猟、サーフィンなどマルチでどの趣味にも本気で向き合っている入川さんは、まさに“大人の嗜みの達人”ですね。
【プロフィール】
入川ひでと/入川スタイル&ホールディング株式会社 代表取締役社長兼CEO
いりかわひでと/1957年神戸生まれ。事業開発や業態開発、街づくりや地域振興の活動を積極的に展開し、東急線沿線の都市開発をはじめ「TSUTAYA TOKYO ROPPONGI」や「UT STORE HARAJYUKU」の店舗プロデュースで高評価を確立。衣食住にまつわるさまざまな活動から「カフェを通した街づくり」を実践。羽田空港対岸にある「キングスカイフロント」のホテル「The HOTEL Well-hub Haneda」のプロデューサーとしても活躍。JAF公認クラブACCR(ALPINE CLASSIC CAR RALLY)チェアマン
