“ジェントルマンズレーサー”という言葉がある。いまもレース業界ではジェントルマンクラスなんて呼ぶことがあるから耳にした方は少なくないだろう。プロドライバーではなく、自分でコストを支払ってレーシングチームを組み、自らステアリングを握って参戦するレーサーのことだ。記憶だとかつてポルシェ・カレラカップでもクラス分けでこの名称を使っていた。現在は、プロ/プロアマ/アマチュアだが、アマチュアをジェントルマンクラスとしていた時期があった気がする。
それじゃ“ジェントルマンズレーサー”は特別なものなのかといえばそうではない。そもそもレースの起源はそこにあり、かつてはエントラント全員が“ジェントルマンズレーサー”だった。
というのも、1910年代から20年代にクルマを買える者は、ヨーロッパと北米の上流階級しかいなかった。一台一台ビスポークでつくられるそれは高額な嗜好品だったからだ。ヘンリー・フォードがT型フォードを誕生させる前の話である。で、ご多分に洩れずヨーロッパの王室や侯爵/伯爵/男爵は好奇心旺盛のチャレンジャー。いろんなことに興味を持ってトライしていた。彼らの冒険や探検話はたくさんあり、いまもその成果で世界が成り立っている。たとえば、ミシガン州デトロイト・エリアを発見・開拓したのはフランスの探検家だった。彼の名はキャデラック侯。貴族である。デ・トロイトはフランス語で、GMのキャデラックはこのことが名前の由来となっている。
そんな好奇心旺盛のチャレンジャーが始めたのが自動車レースであり、彼らを“ジェントルマンズレーサー”と呼んだ。プロのレーサーが誕生したのはその後。貴族がパトロンになりクルマを速く走らせるのを得意とする人物を支援、レースに参戦させるようになってからだ。つまり、“ジェントルマンズレーサー”はレースの起源であり基本。今日もそのスタンスで参戦している人は皆そう呼ばれるにふさわしいこととなる。
かくいう私もジェントルマンズレーサーの末席にいる。友人たちが作るアマチュアレーシングチームの一員としてレースに参加しているからだ。先日参戦したのはアイドラーズ(idlers)12時間耐久レース。これは日本アイドラーズクラブが主催するアマチュア向けモータースポーツのひとつ。彼らはドライビングレッスン、スプリント、耐久レースなどを企画し、運営している。一部のファンは、そんなレースを“大人の運動会”と呼んで楽しんでいるそうだ。
参加した「Starfield idlers Games 耐久第2戦 夏の12時間耐久 モビリティリゾートもてぎ」は、一周4.8㎞の本コースを使って行われた。チーム“ガレージハウスインセル”が所有するマシンは“インセル992GT3号”と“インセルケイマンGT4RS号”。ワタシは後者のインセルケイマンGT4RSの第2ドライバーを担当した。
12時間という長丁場はこれまで経験したことがない。かつて参戦したメディア対抗ロードスターレースでさえ4時間だった。もちろん取材ではル・マン24時間レースを何度か訪れてはいるが、取材するのと参加するのは別物。向き合う角度も違えば本気度が違う。
チームは前日からピットの設営とクルマの搬入で集合、夜は決起大会で盛り上がりながら早めに就寝。翌日は午前4時すぎにピットに集まり、各自準備に入る。エントラントの受付は4時スタート。5時半にはブリーフィングが始まり、6時には車検という流れ。スタートは7時55分からローリング方式で行われた。
グリッドには70台近い競技車両が並べられた。予選がないので場所はくじ引き。わがチームのインセル992GT3号はなんとファーストグリッドを掴んだ。そしてインセルケイマンGT4RS号は20番グリッドからのスタートとなった。992GT3のドライバーはチームの中心人物須田氏と堀口氏を含んだ3名、ケイマンGT4RS号はこちらもチーム運営に大きく関わっているS氏を中心としたワタシを含む4名で構成された。レース経験2戦目のルーキー2名がチームメイトとして参加してくれる。
レース展開を振り返ると、序盤から耐久戦とは思えないくらい激しい走りで、順位は目まぐるしく入れ替わった。各チーム「燃費は大丈夫か?」と思える感じ。われわれはそれを鑑み、早々と燃費走行に切り替えた。ストレートでの回転数を抑えるイメージだ。そもそもこの4ℓ水平対向6気筒はあまり燃費のよくないエンジンだけにそこにフォーカスした。そして中盤から少しアグレッシブな走りに切り替える。サーキットで燃費走行ばかりじゃ楽しくないからね。そこは臨機応変で。が、そんなタイミングでイエローフラッグが振られセーフティカーが登場する。振り返るとセーフティカーは4回出動した。
大きな出来事が起きたのは終盤、最後の1時間だ。雨もようと予報されてはいたが、みるみるうちに雨雲が空を覆い大粒の雨が降り始めた。一気に路面はウェット。しかも日が暮れてライトアップされた路面は雨で鏡のようになり、光を反射する。こうなると景色は一変。さっきまで走っていたサーキットとは違う場所にいるような感覚になる。危険な状態だ。ただチームはそうなる前にタイヤ交換を決意。2台を順番にピットインさせていた。正しい判断だった。
そんな状況をくぐり抜け、チームは無事に2台ともゴール。チェッカーが振られると、ピットから全員が出てピットロードに入ってくるすべてのマシンを拍手で迎える。これが見ていて気持ちいい。全車ウィニングランみたいだ。この瞬間から敵味方なし。ラグビーでいえば“ノーサイド”ってところだろう。ジェントルな雰囲気が漂う。
レース結果は、インセル992GT3号はクラス3位の総合10位、インセルケイマンGT4RS号はクラス7位の総合31位となった。全員がこの12時間耐久レースは初体験という面々では上出来だ。それに何より全員が心の底からレースを楽しんだ。その証拠にチェッカー後は達成感から皆の顔がにこやかになっていた。それに、レース中も手の空いた者がすぐにサポートに回り、誰かをフォローする場面をよく見た。これが大事。この姿勢こそモータースポーツの原点であり、“ジェントルマンズレーサー”の基本スタンスとなる。
というのがレースレポートだが、いいたいことは冒頭に書いたこと。“ジェントルマンズレーサー”はその語源からもわかるように、“オトナの嗜み”に他ならない。レースに参戦する以上勝負にこだわるのは当然だが、それと同時にひとりひとりがジェントルマンのごとく紳士な立ち居振る舞いをするのも必須である。
