モーターサイクルのスクラッチ・モデラーとして著名な高梨廣孝さん。作品群では珍しい4輪モデルに込められた想いは——。
「地球温暖化の元凶とされる化石燃料に焦点が当てられ、2030年ごろまでにはガソリン車が一掃されようとしています。ガソリン車の登場から100年以上の歴史のなかで、「最も美しい」と思われる1台を独断で選び、モデル制作を思い立ちました。 ここでボクが選んだクルマは、Alfa Romeo Tipo 33/2 Stradaleです。
デザイナーは、1952~59年にカロッツェリア・ベルトーネに在籍してチーフスタイリストとして活躍したフランコ・スカリオーネ(1916〜93年)です。彼は、59年、若手デザイナーとして台頭した鬼才ジョルジェット・ジウジアーロ(1938年〜)にチーフスタイリストの地位を譲りますが、独立後もアルファロメオのデザインを手がけ、67年のトリノ自動車ショーでAlfa Romeo Tipo 33/2 Stradaleを発表しました。
当時、プロダクトデザイナーとして社会に出て間もないボクは、雑誌に掲載されたこの流麗なデザインに大きな衝撃を受けました。ところが、それ以上に衝撃的だったのは、“このデザインは古い”という世間の低評価でした。スカリオーネは、トリノ自動車ショーでStradaleを発表した後、こつぜんと自動車デザインの世界から消えてしまいました。スカリオーネが亡くなったのは、ずっとあとの93年です。惜しい逸材を早々とこの世界から失いました。Stradaleは、わずか12台しか作られず、よほどのクルマ好きでない限りその存在を知る人は少ないでしょう。近年、“神の造形”として高い評価を受けているのは皮肉です」
資料から図面を描き、自ら作った部品だけで組み上げるフルスクラッチモデル。高梨さんの作品は、360度、あらゆる角度から鑑賞したくなり、時間を忘れて見入ってしまいます。ブラフ・シューペリアは、70年ぶりの復活が話題を呼んだ1台です。
「1919年、ジョージ・ブラフ(1890〜1970年)が設立したブラフ・シューペリア社は、エンジン、トランスミッションなどは専業メーカーから購入し、独自のフレームやスタイリングを付加する形でバイクの生産を始めました。一見、エンジンなどの主要部品を外部から購入するアッセンブリーメーカーのように思えますが、ジョージ・ブラフの考えはまったく違っていました。
最高のマシンを作るには、その世界で最高のものを提供するメーカーから購入するのが早道であり、それらを徹底的にチューニングすることに主眼を置きました。Brough Superiorはその性能の素晴らしさから“バイクのロールス・ロイス”と称賛され、スピード記録や数々のレースに勝利して高い評価受けました。1940年に生産撤退となるまでの21年間に生産された台数は3045台と極めて少ないものでした。
2008年、そのBrough Superiorが70年ぶりに突如として復活しました。オーストリアでヴィンテージ・モーターサイクルショップを経営するマーク・アップハム氏がトレードマークを取得して、永年の夢「ブラフの復活」を叶えました。ニュー・ブラフの設計担当は、フランスのトゥールーズに本拠を構えるエンジニアリングカンパニー、ボクサーデザインです。エンジンは1000cc・Vツイン水冷エンジン、フロントのサスペンションはダブルウィッシュボーン式、リアは独自のモノサスを採用しています。エクステリアデザインは、かつてのBrough Superiorを彷彿とさせるアイデンティティを踏襲して、ヴィンテージデザインではありますが、最新のメカニズムを搭載しています。
このバイクは受注生産で、ディーラーに並んでいないため、取材が難しくモデル制作を諦めていました。しかし、あるとき、このバイクの資料を偶然発見しました。この資料を参考に図面を描き、フルスクラッチモデルの制作に取り組みました」
たかなしひろたか/1941年、千葉県出身。東京藝術大学金属工芸科卒業。ヤマハデザイン研究所所長、静岡文化芸術大学教授などを歴任。1991年から開催しているミニチュアモデル展が毎回好評を博す。2019年、銀座和光において「高梨廣孝・安藤俊彦二人展」開催。著書『Start from scratch』出版。道具学会理事。CCCJ(THE CLASSIC CAR CLUB OF JAPAN)会員。AAF(オートモビル・アート連盟)会員。千葉県在住
インタビュー/山内トモコ