【20世紀名車】「1968日産スカイライン2000GT-A(S54型)」はレースのために誕生した元祖“羊の皮をかぶった狼”。ロングノーズが速さの象徴だった

1968年式日産スカイライン2000GT-A。初代スカGは1964年の日本グランプリ制覇を目指した“羊の皮をかぶった狼”。コンパクトボディにハイパワー2リッターエンジンを搭載。レースには敗れたが“伝説”を残した

1968年式日産スカイライン2000GT-A。初代スカGは1964年の日本グランプリ制覇を目指した“羊の皮をかぶった狼”。コンパクトボディにハイパワー2リッターエンジンを搭載。レースには敗れたが“伝説”を残した

鈴鹿での激闘で「神話」を樹立。GTが憧れの存在に

 かつてスカイラインは、サーキットで無敵を誇った。原点は1964年4月に登場した初代スカG、S54型である。
 S54型は、第2回日本グランプリの優勝を目指して開発されたスペシャルモデル。当時のメーカー、プリンス自動車工業は、戦前の中島飛行機、立川飛行機の流れをくむ技術者集団だった。彼らはレースで勝つには「運動性能に優れた小型ボディと、パワフルなエンジンの組み合わせが必要」と分析。思いついたのは、1.5ℓ車として開発したスカイラインのボディに、上級車グロリア用2リッターユニットを搭載するというアイデアだった。グロリア用2リッター直6エンジンの最高出力は105㎰。1.5リッターのスカイライン比で35㎰もパワフルだった。しかし6気筒エンジンは大きく、スカイラインのエンジンルームには搭載できない。そこでスカイラインのボンネットを200㎜伸ばして、エンジン搭載スペースを確保した。

エンジン

 第2回日本グランプリ用に開発されたマシンは、“GT”とネーミングされ、ホモロゲーション取得用に200台が限定生産された。
 必勝を期して臨んだグランプリは、レーシングマシン、ポルシェ904に阻まれ惜敗。しかしスカイラインは、レース6周目、ポルシェをかわし一時トップを快走。その瞬間、サーキット中の観客は立ち上がり、熱烈な声援をスカイラインに送った。このとき、〝スカイライン=高性能〟のイメージが確立した。

 その後のレースでの活躍ぶりが初代スカGの人気を不動にする。当初メーカーは200台の限定車と想定していたが、ユーザーのラブコールに応え、1965年2月にカタログモデルとして設定。市販車はレース仕様と同様、イタリアのウェーバー製キャブレターを3連装。最高出力125㎰をマークし最高速度は180㎞/hに達した。さらに1965年9月にはシングルキャブレター仕様105㎰の普及モデル、Aタイプを設定。従来モデルはBタイプを名乗るようになった。
 GT-AとGT-Bを見分けるポイントはエンブレムの色。Aは青、Bは赤である。

リア

 S54型の初代スカGは、プリンス自動車と日産自動車の合併(1966年8月1日)直後、1966年10月にマイナーチェンジ。フロントグリル形状を一新し、GT-Bは5速ミッション、大容量100ℓ燃料タンクを装備。GT-Aはリクライニングシートを装備して快適性に磨きをかけた。

 S54型スカGの現存台数は非常に少ない。A/Bともに評価は高いものの、ボディ回りはもちろん、メカニズム関係のパーツがほとんどない事情もあり、維持するには相当の努力が必要だ。

 取材車は1968年式の各部をB仕様にモディファイしたGT-A。改造は徹底しており、エンブレムをレッドに変更、キャブレターはウェーバー製3連装とされ、トランスミッションは5速に。燃料タンクは100ℓの大型タイプになっていた。

車内

 内外装のコンディションは良好。数年前に丁寧な補修が行われたボディに気になるサビやキズはない。塗装には光沢があり、各部メッキパーツの状態は素晴らしい。ホイールは8本スポークアルミに交換。タイヤは175/60R14サイズのBS製ラジアルを装着していた。内装はシートを除きオリジナル状態をキープ。前席は当時のレース仕様を彷彿させるバケット形状に変更済みだった。

 機関は好調。エンジン回りはウェーバー製キャブレターを装着したうえで、排気系をステンレス製の特注品に交換済み。2ℓ直6エンジンの吹き上がりはスムーズ。ビルシュタイン製ダンパーが支える足回りもしっかりとしていた。走りは豪快にしてレーシー。初代スカGは、スポーツカーの走りを持ったセダンである。

 

正面

 

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