
1968年式ダットサン・フェアレディ2000。MGやトライアンフなど英国製オープン2シーターのライバルとして開発されたFRオープン。トップスピード205km/hに達するパフォーマンスでマニアの心を鷲掴みにした
ダットサン・フェアレディ2000(SR311型)は、オープンスポーツとして人気を得た、2代目フェアレディの最終モデルである。
2代目フェアレディは、1961年秋の東京モーターショーでプロトタイプを発表、翌62年10月に発売された。当初は1.5リッターエンジン(71ps)を搭載し1500(SP310型)を名乗った。その後、65年5月に1.6リッターユニット(90ps)を積む1600(SP311型)が登場。そして67年3月に最終発展版の2000がデビューする。
2000は、ネーミングどおり直列4気筒の2リッター・OHCユニット(2基のソレックス製ツインチョークキャブレターを装着)をノーズに収めていた。スペックは145ps/6000rpm、18.0kgm/4800rpm。1600と比較して出力が61%、トルクは33%も増大。強力なパワーに対応するためにリアサスペンションにはトルクロッドが追加され、ブレーキはフロントがディスク、リアは放熱性が高いアルフィンドラム式にグレードアップされた。トランスミッションはフルシンクロ仕様の5速MTを組み合わせる。
2000のパフォーマンスは圧倒的なレベルだった。トップスピードは205km/hに達し、0→400m加速は15.4秒。同時代のオースチン・ヒーレー3000MkⅢを凌ぎ、ポルシェ911と同等だった。
フェアレディ2000は、高性能を活かしてモータースポーツシーンで大活躍する。67年5月の第4回日本グランプリでは、GTカー・クラスで1〜3位を独占。アメリカでもSCCA(スポーツカー・クラブ・オブ・アメリカ)のプロダクションカーレースで無敵を誇った。68年のモンテカルロ・ラリーは総合9位、クラス3位に入賞した。
2000は主力輸出市場だったアメリカの安全基準に適合させるため、67年10月にマイナーチェンジを実施。ダッシュボードが全面パッド付きに変更され、ウインドシールドが従来比で25mm高くなった。2000の総生産台数は1万5006台。このうち約90%はアメリカで販売されたという。なお、2000の販売は後継モデルの初代フェアレディZ登場後の70年まで行われた。根強いファン層を獲得していたことの証明である。
取材車は68年モデル。数年前に実施されたフルレストア時に、パワーステアリングとクーラーが新規装着され、快適に乗れる仕様に仕上げられていた。
内外装の程度は良好。塗装には光沢があり、メッキパーツの状態は素晴らしい。幌は張り替え済み。ビニール製のリアウィンドウの透明度は高かった。ホイールは社外品の8本スポークアルミに交換。タイヤは175/70R14サイズのBS製ラジアルを装着していた。
内装はオリジナル状態をキープ。ドアトリムとカーペットは新調済み。ステアリングは純正オプションの本革巻き。ビニールレザー張りシートのサポート性は上々だった。
機関は好調である。エンジンはオーバーホール済み。クーラーの新規装着に合わせ冷却系統はリファインされ、高効率アルミ製ラジエターと電動ファンを装着する。
2リッター直4エンジンの吹き上がりは豪快。パワーは強力で加速は鋭い。右足を軽く踏み込むだけで交通の流れが容易にリードできた。しかもステアリングはパワーアシスト付き。現代風に改善されている。SR311型は「操舵力が重い」と評価されているが、取材車は最新のクルマと同様のスムーズなドライビングが楽しめた。クラッチ操作力も適度だから、これなら気軽にドライブに出かけられる。
足回りは、しっかりした感触。乗り心地は固い。フェアレディ2000は、硬派オープンスポーツの代表だが、パワーステアリングとクーラーが装着された取材車は快適ツアラーという性格も持ち合わせていた。(
