精緻な切り絵でクルマの魅力を表現する稲垣利治さん。最近は新たな手法を取り入れ、作品の世界観を広げています。先日開催された「第12回AAF作品展」で原画を拝見し、色や立体感、遠近感など 不思議な知覚現象を体験しました。その出品作もご紹介いただきます。
ボクの制作過程はクルマを美しく表現するだけでなく、“表現方法の実験”に近いような気がします。光と影をどのように構成すれば美しい表現ができるか、そして1枚の紙の平面から立体感や色彩を感じてもらえるかを考えて制作しています。
最近は、“錯視”という錯覚現象を取り入れ、「表現していないものをいかに感じてもらえるか?」というテーマに取り組んでいます。これを自然に受け取っていただき、カーアートとして完成させられるかが当面の目標です。
錯視とは、目を通して入ってきた情報が、実際とは異なるものとして知覚される現象を指します。これは視覚における錯覚の一種であり、正常な知覚の範囲内で起こるものです。
たとえば、同じ長さの線なのに、両端の矢羽の向きによって長さが違って見えたり、遠近感のある背景に配置された同じ長さの線では、遠くにあるほうが長く見えるといった現象です。
錯視が起こるメカニズムは完全に解明されているわけではありませんが、視覚情報を処理する脳の働きが重要な役割を担っていると考えられています。脳は入ってくる情報を処理する際に、奥行きや色、明るさなどを恒常的に認識しようとするため、それが錯視の原因となるといわれています。
作品①は、『フェラーリ 250GTO』です。この作品は、フェラーリの美しいボディをどう表現するか?をテーマに、極限までシンプルに整理された白黒の世界で表現しています。
ボディの丸みはゼッケンで、そしてフェラーリとわかるようにグリルに跳ね馬を配置しました。そして、ボンネットフードの白く抜かれたところに青い線が入っていますが、少し離れて作品を見ると、不思議なことに、白く切り抜かれた部分全体にうっすらと青い色が感じられます。個人差はありますが、誌面をいろいろな距離で見ていただけるとわかると思います。錯視で色を感じていただけたらうれしいですね。
作品②は、『アルファロメオ TZ-1』です。1964年のタルガ・フローリオ(イタリアシチリア島で1906〜1977年に開催された公道自動車レース)に参加したクルマです。
この作品も基本的に白黒の世界観で表現し、リフレクション(反射)を入れて、錯視によるボディカラーが見えるようにしました。じっと見つめているとうっすらと赤い色が見えてきませんか? 決してピンボケではなく、色による錯視効果です。
作品③は、『ポルシェ 910』です。2025年のAAF作品展に出品した一番新しい作品です。
場所の設定は、パリのグランパレです。パリ万博の展示館として建設され、天井はガラス張りの巨大な幾何学模様になっており、見応えがあります。
作品は、クルマに映り込むリフレクションだけでなく、実際の景色としての天井も表現しました。この作品も錯視効果を一部使っています。天井に光り輝く照明の立体感と、ガラス張りのドームの奥行き感で錯視効果を狙いましたが、皆さんの感想はいかがでしょうか。
ぜひ原画をご覧になってこの不思議な世界観を体験してみてください。
いながきとしはる/1953年、愛知県名古屋市出身。1972年、トヨタ車体入社。乗用車・商用車・ミニバンなどのエクステリアとインテリアデザインの開発に携わる。2007年から名古屋市ノリタケの森でグループ展を主催。2015年、トヨタ車体デザイン部退社。同年、ペブルビーチ・コンクール・デレガンス AFAS展参加。AAF オートモビル・アー ト連盟会員。愛知県日進市在住
インタビュアー/山内トモコ
