いまからおよそ半世紀前、M社(当初はモータースポーツ社)は、BMWのモータースポーツ活動を支える子会社として誕生した。その後ツーリングカーレースでの成功を経て、モータースポーツ部門が独立すると、現在のようにスペシャルマシンを手掛ける特別な組織となった。最初の仕事はBMWがF1活動を始めた1980年代のM535iだった。しかしM社の存在を世間に知らしめ、そのブランドを確立した立役者はE30ベースのM3だった。
初代M3は1980年代後半に絶大な人気を誇ったドイツ・ツーリングカー選手権(DTM)などのレースベース車両、つまりグループAホモロゲーションモデルだった。グループAの規定ではエンジンやサスペンションシステム、ボディワークなど市販モデルからの変更を基本的に認めていなかった。
それゆえ市販状態で 「勝てる」エンジンと、実戦に耐えるエアロダイナミクスをあらかじめ装備する必要があった。当時のグループAホモロゲマシンは、いずれも当時としてはロードカー離れした(とはいえいまとなっては控えめな)空力スタイルをまとっていた。このことが参戦するブランドにとって自社のスポーツイメージを向上させる戦略にひと役買ったことは間違いない。もちろん、それを狙っての参戦であった。
DTMへの参戦初年度に早くもチャンピオンを獲得したM3は、Mブランドの確立に大いに貢献した。同時にM3はMブランドにおける中核モデルとして不動の地位を築く。価格的にみてもそれはMブランドの入門モデルであった。現在でいうところのM2のようなポジションである。
以降、3シリーズがモデルチェンジするたびにクルマ運転好きはM3の登場を待ち望んだ。初代から2代(E36)、3代(E46)まではいわゆる2ドアセダン的なクーペとカブリオレがベース(つまり2ドアのみ)だったが、4代目のE90からは4ドアセダンにも設定されるようになり、さらにはクーペモデルが4シリーズとして独立した5代目以降においてM3は、高性能なミドルクラス4ドアセダンの代名詞というべき存在になった。
エンジンは初代こそ4気筒(とはいえ名機M88由来の2.3リッターDOHC16V)だったが、2代目以降は伝家の宝刀ストレート6を搭載。そのエンジンフィールに多くのファンは熱狂した。
4代目はV8(といってもかのS85・V10エンジン由来)となったものの、5代目以降は再び直6に戻り、いまなおストレート6の代表的なスポーツモデルとして世界で認められた存在である。
現行モデルは第6世代、2020年にデビュー。話題となったのはまずデザインだ。この世代から4シリーズはキドニーグリルが縦に大きくなっていたのだが、それを3シリーズのM3にも採用したのだ。新型は4ドアでありながら個性溢れるクーペ顔という特別感を手に入れた。またM3として初めてツーリングを設定したのだがそちらもクーペ顔である。日本導入当初はFRモデルもあったが、現在では4WDのコンペティションのみという設定となった。
M3最大の魅力はなんといってもエンジンとシャシーである。S58型3リッター直6ツインターボは510ps/650Nmの圧倒的なパワーを発生。走り始めた、いやエンジンをかけた瞬間からストレート6の存在感が迫りくる。8速MステップトロニックATはきめ細やかなにそのエンジンを手なづけ、ゆっくりと街中を流すようなシーンでも、精緻で滑らかな駆動パフォーマンスを楽しむことができる。
M3は勇ましいエグゾーストノートが低い回転域から、つねにそれなりのボリュームをもって室内に伝わる。とくに激しいドライブモードを選んでいるわけではないのに、心はもう浮き立ち始める。そりゃそうだ。ステアリングフィールは、つねにガッチリとした印象でスポーティこの上ない。
足回りは骨太。4輪は路面コンディションに忠実な動きを見せる。とはいえ決してガタガタと不当に硬い乗り心地ではない。路面の凸凹や波打ちをドライバーに的確に伝えつつ、しなやかにいなす。ショックをきっちり伝えるものの、上下動は抑えられている。それゆえ不快な気分にならない。淡々とフラットに心地よく進む。まさにフラットライドのお手本だ。スタンダードの3シリーズとはまるで異なる。
パワートレーンとシフト制御をスポーツ+に変える。右足をじわりと踏み込んでいく。加速フィールはスーパーカー級。実際にはそこまで速いわけではないけれど、セダンの高い視線ではそう感じる。きっちり路面を捉えているのに、加速が優って腰が浮くようなスリルがある。
ブレーキのフィールが加速に勝るとも劣らず気持ちいい。そしてノーマルとは別次元のハンドリング性能だ。よく曲がる! いったいどこにエンジンを載せているのだろう?と思ってしまうくらいの自在性だ。M専用のサスペンションとディファレンシャル、ブレーキ、さらにそれらの統合制御の賜物である。
グレード=M3コンペティションM・xドライブ
価格=8SAT 1410万円
全長×全幅×全高=4805×1905×1435mm
ホイールベース=2855mm
トレッド=フロント:1615/リア:1605mm
車重=1800kg
エンジン(プレミアム仕様)=2992cc直6DOHC24Vツインターボ
エンジン最高出力=375kW(510ps)/6250rpm
エンジン最大トルク=650Nm(66.3kgm)/2750〜5500rpm
WLTCモード燃費=9.8km/リッター(燃料タンク容量59リッター)
(WLTC市街地/郊外/高速道路:6.8/10.2/11.7 km/リッター)
サスペンション=フロント:ダブルジョイントストラット/リア:マルチリンク
ブレーキ=前後ベンチレーテッドディスク
タイヤ&ホイール=フロント:275/35R19/リア:285/35R20+アルミ
駆動方式=4WD
乗車定員=5名
最小回転半径=5.3m