
1967年式オースチン・ヒーレー・スプライトMk-IV。1958年に登場し「カニ目」の愛称で親しまれたMk-Iモデルの発展版。スプライトは1961年にスタイルを全面刷新しMk-IIに発展。Mk-IVは1.3ℓエンジン搭載
ブリティッシュライトウエイト・スポーツの代名詞、オースチン・ヒーレー・スプライトのルーツは、1958年にデビューした “カニ目”の愛称で親しまれたMk-I。Mk-Iは948㏄エンジン(43㎰)や足回りなどのメカニカルコンポーネントを当時の大衆車オースチンA35から流用。軽量2シーターオープンボディと組み合わせたFRスポーツだった。
Mk-Iは1961年にデザインを全面刷新してMk-IIに移行する。スタイリングはMk-Iの生みの親、ドナルド・ヒーレーの息子ジェフリィ・ヒーレーと、MGのチーフエンジニアだったシドニィ・エネヴァが担当。エネヴァは、Mk-IIをベースにフロントグリルなど細部を変えた“MGミジェット”も手がけ、ラインアップの充実化を図った。MGミジェットが加わったMk-II以降、スプライトとミジェットの2モデルは総称して“スプリジェット・シリーズ”と呼ばれるようになる。
Mk-IIはファニーな印象だったカニ目からイメージを一新。本格派の印象を高めたのが魅力。メカニズムはカニ目を踏襲し、エンジンや2030mmのホイールベースなど基本ディメンションはそのままだった。
その後のヒーレー・スプライトは、2〜3年周期でマイナーチェンジを行い魅力を高めていく。1964年に登場したMk-Ⅲはエンジンを1098㏄(59㎰)に拡大。リアサスを半楕円リーフ仕様に改良し、フロントブレーキをディスク仕様にするなど走りの性能がアップした。
今回紹介する1967年デビューのMk-Ⅳは、1275ccエンジンを搭載。ミニ・クーパーSと基本的に同じユニットは65㎰を発揮し、トップスピード150km/を突破。モータースポーツシーンでも大活躍した。ヒーレー・スプライトは1969年にMk-Vに発展。1971年に生産を終了する。一方、MGミジェットは、その後も生産を継続。1980年まで、入門用ブリティッシュスポーツとして高い人気を博した。スプリジェット・シリーズの総生産台数は約35万台に達した。
リアスタイル/ヒーレー・スプライトMk-IIをベースにMG版のミジェットが誕生、両車は“スプリジェット”と呼ばれ英国製ライトウェイトスポーツの代名詞的な存在に成長する。スプリジェットの総生産台数は約35万台
エンジン/1275ccの直4OHVユニットは当時のクラシックミニ・クーパーSと基本的に共通。最高出力は65ps。SU型キャブレターを2連装し、低回転域からトルクフル
フロントマスク/ヒーレー・スプライトは格子状グリルを採用。フロントマスクのデザインがMGミジェットとの識別点
タイヤ&ホイール/取材車は155SR13サイズのダンロップ製ラジアルを装着。ホイールは純正キャップ付きスチール
ソフトトップ/トップはビニール製のシンプルな作り。リアウインドウの透明度は高かった
ウインドシールド/フロントウィンドウは低く精悍。三角窓と巻き上げ式サイドウィンドウはMk-IIIモデルから採用
マフラー/排気エンドパイプはシングル。排気音は力強い重低音を奏でる
マフラー/トランクにはスペアタイヤを収納。トランク容量は1泊旅行程度の荷物に対応する
インパネ/室内はシンプル。ステアリングは40cm径の樹脂製3本スポーク形状。操舵力は軽く反応はクイック。オープン走行時の風の巻き込みは盛大
シート/シートはスライドのみ可能なノンリクライニング式。取材車は本革に張り替え済み。着座位置はあくまで低い
メーター/メーターはスミス製。回転計は5500rpm以上がイエロー、レッドゾーンは6000rpmから
トランスミッション/4速MTはショートストローク設定。1速はノンシンクロ。操作には注意が必要
ペダル/クラッチは軽く操作しやすい。アクセルの反応は上々
ドアパネル/ドアは薄型形状。開閉ノブはドア後部にレイアウト
全長×全幅×全高=3600×1400×1240mm
ホイールベース=2030mm
車重=686kg
エンジン=1275cc直列4気筒OHV
最高出力=65ps/6000rpm
最大トルク=9.8kg・m/3000pm
トランスミッション=4速MT
サスペンション=前ダブルウィッシュボーン/後半楕円リーフ
ブレーキ=前ディスク/後ドラム
タイヤ&ホイール=5.20-13+スチール
駆動方式=FR
乗車定員=2名
取材協力/JMMカーズ
