
ディーゼルエンジン1892年に、ドイツのルドルフ・ディーゼルが発明した内燃機関。写真はメルセデス170Dのカタログ。170Dは1953年に追加設定されたディーゼル仕様。ディーゼル乗用車としては世界で3番目のモデルだった
ディーゼルエンジン1892年に、ドイツのルドルフ・ディーゼルが発明した内燃機関である。圧縮加熱した空気に燃料を噴射して着火させる燃焼方式で、1897年の公式テストで運転が確認された。ディーゼルエンジンは当初から自動車用として活用することが検討されたが、高圧縮比ゆえにエンジンが大きくなり、振動や騒音という課題があった。ディーゼルエンジンを搭載した最初期の例として、1923年のダイムラー・ベンツやMAN(ドイツ)のトラックが知られている。国内のディーゼルトラックは、1936年のデイゼル工業(現在のUDトラックス)のLD1型。量産乗用車初のディーゼルは1936年のメルセデス・ベンツ260D。国産車では1959年のトヨペット・クラウンである。
日本初のディーゼル乗用車は1959年に発売された初代トヨペット・クラウン(1.5リッター/40ps)だが、主力モデルとして開発されたという意味では、1962年デビューのいすゞべレルがパイオニア。べレルは英国のヒルマンのノックダウン生産で培った経験を生かした初の自社開発サルーン。クラウンなどと同クラスの高級車だった。ディーゼルはガソリンエンジンを改良した乗用車専用設計の2リッターユニット。55ps/12.5kgmのスペックはガソリン(85ps/15.8kgm)比で見劣りしたが、中低速域のトルクは豊かで実用性能はハイレベルと評された。利点は燃費経済性。燃料の軽油が安かったこともあり、ランニングコストはガソリンの約2分の1とアピールしていた。ディーゼルは主にタクシーとして使われ、好評を博した。
メルセデスは1960年代から70年代にかけてC111(シー・ワン・イレブン)というコンセプトモデルで技術開発を進めていた。1968年のC111-Ⅰは3ローターロータリー、1970年のC111-Ⅱは4ローターロータリー。1976年のC111-ⅡDは3リッター5気筒ディーゼルターボを積み、イタリアのナルド・サーキットで速度記録に挑戦。平均速度250.958km/h世界記録を達成した。1978年にはC111-Ⅲで再び挑み、314.463km/hを記録している。なお、現在ギネスブックが認定する世界最速のディーゼル車記録は、2006年にJCBディーゼルMAXが達成した563.418km/hだ。
東京都は1999年8月から「ディーゼル車NO作戦」を展開した。この政策の根本にあるのは、ディーゼル車の排出ガスは東京都の空を汚す最大の要因であり、都民の健康を守る狙いがあった。東京都は自動車業界や燃料業界、国などに提案や要請を行ってディーゼル車対策を実施した。都の政策提案のひとつが「都内ではディーゼル車には乗らない・買わない・売らない」だった。2000年に「都民の健康と安全を確保する環境に関する条例(環境確保条例)」を定めると、埼玉県・千葉県・神奈川県が同様の条例を策定して歩調を合わせた。こうした動きが首都圏一帯でディーゼル車に広がり、規制に適合したディーゼル車を示すステッカーを貼付していないと、走れない措置も取られた。
EURO(ユーロ)4/5/6は欧州で採用された自動車の排出ガス規制。EURO4は2005年、5は2009年、6は2014年に実施された。対象はガソリン車・ディーゼル車のニューモデルである。EURO6で注目を集めたのは、EURO5で走行1km当たり180mgに設定されていたディーゼル車のNOx(窒素酸化物)排出量の上限が、80㎎に制限されたこと。ガソリン車は5の時点で60㎎に制限されており、ディーゼル車にもガソリン車と同等の排出基準が設定されたのだった。この厳しい規制に対応するために、コモンレール式燃料噴射装置や、粒子状物質を回収するDPFなどの技術が開発され、ディーゼル車のクリーン化が進んだ。参考までに規制がスタートした1991年のEURO0時点の規制値はガソリン車のNOxが1000㎎/km、ディーゼル車は1600㎎/kmだった。
