連載第2回 反対意見殺到! トヨタはなぜ愛知に無茶な日本のニュルを作れたのか?

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■プロフィール 小沢コージ●クルマや時計、時に世相まで切る自動車ジャーナリスト兼TBSラジオパーソナリティ。『ベストカー』『MONOMAX』『webCG』『日刊ゲンダイDIGITAL』「カーセンサーEDGE』で自動車連載、『時計BEGIN』で時計人物連載。毎週土曜18時50分TBSラジオ『小沢コージのカーグルメ』

●それは豊田章男パワーがあったから!?

 いつからトヨタはこれほど原理主義であり、理想主義で動ける集団になったのでしょうか。そう、先日発表された愛知県に新設する超大型研究施設、テクニカルセンター下山です。

DSC01458web.jpg▲テクニカルセンター下山はトヨタ本社から30分という近距離にある。基本的に下山地区への移住などは必要なく、本社地区から通勤できる距離に設立できた点が大きな魅力。開発のスピードアップに大きく貢献

 一部ネットで「愛知県にニュルブルクリンク出現!?」たるニュースが出ていたからご存知の読者も多いと思いますが、アレですよアレ! 具体的には愛知県のトヨタ本社から30分以内の近距離に、総敷地面積650万㎡、東京ドームにして140個分という超巨大なテストコースならぬ、総合研究施設を約3000億円かけて設立。その規模であり、スケールは異様なレベルで、3000億円といったら18年度の日産の営業利益に近い巨額ですから。トヨタじゃなければあり得ない理想の開発体制なのです。

DSC01461web.jpg▲テクニカルセンター下山は大きく分けて3エリアがある。今回オープンしたのは全長5.3㎞のカントリー路エリア。クルマに対してドイツのニュルブルクリンクに近い入力が得られるよう設定

 本格オープンは2023年度ですが、全部で3本あるテストコースのうち、ある意味目玉といえる「日本のニュルブルクリンク」たる5.3kmのカントリー路が先日5月末にオープン。視察を兼ねて小沢も取材に行ってみました。

DSC01464web.jpg▲カントリー路は自然の地形を活かしてドイツのニュルブルクリンクや田舎道を再現した作りが大きな特徴。走行ラインは規制されエスケープゾーンは狭く緊迫感がある

 しかもラッキーにも新型GRスープラで走れたのですが、そこはまさにドイツのニュルブルクリンク北コースの現代版! 総延長5.3km、高低差75mはニュルの約4分の1で、クネクネ30カ所以上あるコーナーはブラインドコーナーだらけ。それも横のブラインドだけでなく、上下ブラインドもあり、時に出口で空しか見えないコーナーもあるのです。

IMG_1712web.jpg▲豊田章男社長も走ったばかりというカントリー路を新型スープラで試走 3グレードすべて試乗できた

IMG_1792web.jpg▲スープラSZはベースグレードでありながらアンダーステアが出にくい特性でFRスポーツカーとして楽しめる完成度の持ち主であることを確認

 ある意味超怖いんですが、こんなところで、日常的にクルマが作れたらそりゃ安心感、剛性感たっぷりのいいクルマができるよ! というテストコース虎の穴。一体なぜにこれほど常識破りのコースが作れたのか。開発に携わった凄腕技能養成部の金森信明さんを直撃してみました。

●今はブラックマークも付け放題です(笑)

DSC01475web.jpg▲トヨタ自動車・凄腕技能養成部・技範という肩書きの金森信明氏はカントリー路の設計に初期段階から携わった数少ないスタッフの一人

小沢 プレゼンでこの計画が10数年前に始まったと聞いて驚きました。これはやはり社長の肝いり、言わば章男イズムですか?

金森 当然、当時から社長は関わっておられます。

小沢 しかも準備期間が相当長い。当時の章男さんは社長じゃなかったですよね?

金森 副社長だったかも知れません。

小沢 執念を感じます。ドイツメーカーは普段から作りかけの開発車両に開発車ナンバーつけて、ニュルで日常的に鍛えているじゃないですか。やはりあれをイメージしたとか?

金森 だと思います。ウチにもコースは沢山あるんですけど、あまり外部入力が強くないので、とにかくいいクルマを作るためにしっかり入力の入るコースを作れという指示で動き出しました。2005年ぐらいからですかね。

DSC01460web.jpg▲初期調査は2005年ごろから開始。土地の利用構想は大きく3回ほど見直しながら環境アセスメントなどを進行。動植物の生態系を維持するよう里山保全などを慎重に実施した

小沢 ということはガズーレーシングがニュル24時間に出る前からですか?

金森 ニュルのレース活動は2007年からなので、その前。前からそういう話はあって、ウチの開発支援部トップの矢矧はニュルでクルマの評価をしていたので、ニュルの24時間レースに出たいし、クルマとしてもこういうコースで鍛えたいと、ずっと思っていました。

小沢 今回のカントリー路は実際のニュルと同じくらい厳しいですか?

金森 一応、推奨速度を設定していますが、思いきり走ればニュルと同じぐらいの入力が出ます。ただ、あくまでもいまは計算上の話で測定はしてませんけども(笑)。

DSC01529web.jpg▲導入路からスタートした瞬間からブラインドコーナーとアップダウンが連続する緊迫感あるコース設定

小沢 とはいえニュルはもっと路面のμ(摩擦係数)が低いですよね。ハイグリップ路面で高い横Gを出すというより、道のアップダウンの激しいウネリで高Gを出す。

金森 厳密に言わせて貰うと、そこは下山と違います。時速200kmのコンマ2Gと、時速100kmのコンマ2Gでは、感じ方が全く違いますが、そういう部分はニュルほどの広さがないと出せません。ただ入力としては同じぐらいなので、クルマへのダメージとしてはいいかなと考えているところです。

小沢 ニュルって基本的に道が細いとかエスケープゾーンがないとか超リスキーじゃないですか。そこのところはどうなってますか? 

金森 向こうは自己責任の考え方が強い国なので(笑)。

小沢 そこまでは導入できませんよね。人が事故を起こしてもいいコースとか。

金森 それは無理です(笑)。

IMG_1708web.jpg▲トンネル下に山があり荷重が抜けてからほぼ直角のタイトコーナーが待ち受ける。ブレーキング中にサスペンションが大きくストロークしながら操舵するというシチュエーションで足回りやボディ剛性がチェックできる

小沢 その部分は、ある意味日本の限界ですね。労災もあるし、どうしても日本の生活文化が反映される。人身事故が起こったら警察は入ってくるし。

金森 だと思います。

小沢 タイヤメーカーのミシュランにいた元トヨタのテストドライバーの人に聞いたんです。トヨタのテストコースは路面にタイヤのブラックマーク付けちゃいけない。正直それじゃなにもできないから辞めたと(笑)。今回はそんなことない?

金森 今までのコースの中では一番リスクを取っています。ただし、エスケープゾーンなどはちゃんとありますので。

小沢 とはいえ実際に走ってみましたが、路面のμは高いですけど相当シビれました。ブラインドコーナーはビシバシあるし、なによりコーナリング中にジャンピングスポットが訪れる。エスケープも車線1本分ぐらいしかないような(笑)。

AY5R0452web.jpg▲全荷重が抜けてサスペンションが伸び切るジャンピングスポットは数カ所あり、コーナリング中に荷重が抜けて横っ飛びするようなシーンも設定されている

金森 実はこの道を作る時にかなりの反対意見がありました。危ないじゃないかと。ちょっとつまんない道にも一旦なりかけたんですけど(笑)。

小沢 難局はどうやって乗り切ったんですか? やはり章男パワー?

金森 ちょっとだけ使わせて頂きました(笑)。当初、環境だとかいろんな規制で、おむすび型みたいな道にならざるを得なくて、図面を持って「こんなになりましたけど」と社長の所に行ったら「どうせ凄い金もかかるんだからしっかりやれ」と。

DSC01505web.jpg▲自然の地形を活かして作られた全長5.3㎞のカントリー路の全景イラスト

小沢 やはり理念と行動力を持つトップの存在は大きいですね。ちなみにブラックマークは?

金森 今の社長になってから付け放題(笑)。

小沢 コースの出来には満足してますか。

金森 ニュルにはだいぶ近づいたんじゃないかと。とはいえテストコースはどんどん変わっていくし、進化するので。今までの東富士とか士別のコースを見ても、落ち着くまでになんだかんだ10年ぐらいはかかっています。これが完成ではなく、これからみなさんの意見も入れつつ進化させて行くつもりです。

小沢 いいクルマ、出来そうですか。

金森 もちろんです(笑)。

DSC01544web.jpg▲カントリー路とは別に2021年度完成を目指して愛知県が造成工事中のオーバルテストコースエリアは途方もない広さに驚愕。これぞ章男パワー!!

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