※本記事は雑誌『CAR and DRIVER』(2026年11月号)の巻頭コラム「from Editors - カー・アンド・ドライバー編集部の視点」より抜粋したものです
“スーパーカー”という言葉を聞くと、やはり1970年代を発端とする“スーパーカー・ブーム”のことが思い浮かぶ。筆者はランボルギーニ・カウンタックがその象徴的存在だと思っていたし、1980年代でいえばフェラーリF40がその筆頭に感じられていたものだ。ポルシェについてはどうか、と当時の熱狂を知る方に聞くと930ターボがその対象のひとつだったと、いまさらながら、そして恥ずかしながら初めて知った。
筆者の中でポルシェといえば、少年時代の愛読マンガ『湾岸MIDNIGHT』のブラックバードであって、とんでもなく速く凄まじい存在だと認識していたが、いわゆるスーパーカーというイメージではなかった。しかし、当時はもとよりいまも憧れのクルマの1台であることに間違いないのだが……。
さて、今月号の特集テーマは「最新スーパーカー図鑑2026」である。編集部でセレクトした、現代におけるスーパーカーたちを片っ端から並べたことで、全体をもってストーリーとして届けてきた最近の特集づくりとはちょっと異なる印象もあったかもしれない。しかし、このスーパーカーについては、そもそも1台1台が濃厚なストーリーの塊であるから、筆者が誌面づくりでこだわっている“ストーリーを届ける”ということからは決して外れてはいない。それどころかストーリーは“満載”なのである。
手前味噌はさておき、今回あらためて「スーパーカーとは何か」をよくよく考えてみたところ、その定義は見た目やスペックなどで語れるものではないことがわかった。最も確実にいえるのは、それは“夢のような存在”であって、何か“特別”であることだ。ただ、特別といっても、それもまた曖昧なものである。極めて主観的であるし、クルマでいっても、企画・開発・生産を担う作り手たち、完成されたプロダクトをただ見るだけの人、そして実際のオーナーまたはユーザーなど、それぞれの当事者によって異なるものである。
かつてクルマは富と権力の象徴であった。いまもそれは一部残っているだろうが、象徴という言葉からは遠くかけ離れたものになっている。これは、周囲からの評価よりも、個々人の意思が尊重される現代においては、クルマに対する価値観が多様化していることを意味する。
一方で、SNSの普及による“映え文化”については、周囲からの見え方が重視されているという、まるで真逆ともいえる現象も起こっている。しかし、これが“世の中のバランス”ということなのかもしれない、と筆者は思う。
一体何が言いたいのかというと、まずは自分の「好き」を明確にすべきであり、大切にしてほしい、ということである。周囲の眼や、他者の評価を気にする趣味ほど面白くないものはない。自分が楽しいからやる、欲しいから買う。それでいい。自己満足でまったく問題ないのである。自分が「好き」なもの。それがその人にとっての“特別”であって、その価値観が否定されるいわれはどこにもない。堂々と「好き」といえばいいのだ。
でも、その「好き」をもっと面白くする方法がある。それは、その楽しい・欲しい理由を世の中に発信することである。すると、ただの自己満足から、そこに共感する人たちと繋がれるチャンスが訪れる。その結果が、現代でいう“トライブ(部族・仲間)文化”であり、SNSがあるからこそ、より多くの人たちと、より速く、そして簡単に実現できることなのである。
より多くの知識や背景といった、クルマと共にあるよりよい人生に資する情報を伝えていくことで、読者の皆様にあたらしい「好き」と出会ってほしい。これは筆者のカー・アンド・ドライバーの誌面づくりに対する最大のこだわりである。
文/山本善隆(CAR and DRIVER / FM STATION 統括編集長)
<プロフィール>やまもとよしたか/1980年東京都生まれ。ITコンサルティング会社、自動車Webメディア企業、広告会社を経て、マーケティング会社にて企業の戦略立案・事業開発支援業務に従事後、2020年に独立。2021年より現職。クルマを運転する時間が一日の中で最も好き。1995年以降は大のF1ファン。日本カー・オブ・ザ・イヤー実行委員
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