【岡崎宏司のカーズCARS】ボクのドライブ総走行距離は200万kmオーバー!? 今回は、その中からとくに記憶に残る海外の思い出をご紹介しよう!

砂漠のドライブは、地球のダイナミックな表情が体感できる素敵な時間。岡崎氏はアメリカ中西部、オーストラリア、中東、アフリカの砂漠をドライブした経験の持ち主。砂漠は大好きなフィールドという

砂漠のドライブは、地球のダイナミックな表情が体感できる素敵な時間。岡崎氏はアメリカ中西部、オーストラリア、中東、アフリカの砂漠をドライブした経験の持ち主。砂漠は大好きなフィールドという

全世界の道でクルマの素晴らしさを体感。とくに砂漠のドライブは最高!

 今月のテーマは「思い出に残るドライブ!」。これって、けっこう難しい。
 ボクは文字どおり“世界中”を走ってきた。仕事でも多く走ったが、個人でも積極的に走った。いったい、どのくらいの距離を走ったのだろう。200万kmくらいだろうか、それ以上だろうか。いまになって、記録しておかなかったことを悔やんでいる。中国とロシア、南米とアフリカの奥地は走っていないが、それ以外の全世界の道はほぼ走っている。一回数千kmといった長旅も珍しくない。

   ボクは砂漠が大好きだ。なので、アメリカ中西部、オーストラリア、中東、アフリカの砂漠に走りにいっている。中でも、アメリカ中西部とオーストラリアの砂漠には何度も行った。そして多くの思い出がある。中でも、特別ハッピーな記憶は、1970年代初頭のダットサン・トラックでのアリゾナの旅だ。

アリゾナ

ダットサン

 ボクは砂漠の朝と夕景、そして星空が大いに気に入っている。ドライブはそれを存分に味わうための旅だった。
 LAでダットサン・トラックとスリーピングバッグをレンタル。アリゾナの砂漠へと向かった。もちろん一人旅だ。そして、誰もいない砂漠のド真ん中で一夜を過ごした。
 アリゾナの砂漠の夕景、星空、朝景を存分に堪能したわけである。とくに星空は素晴らしかった。高く深く蒼く澄み切った空に輝く“無数の星の独り占め!”は最高だった。
 砂漠の夜はけっこう冷える。でも、スリーピングバッグに包まれた体は暖かい。トラックの荷台で眠ることが、こんなにも心地よくハッピーなものだとは思わなかった。

 ちなみに家内とのドライブ旅にも数えきれないほど頻繁に出かけた。でも、家族3人での海外旅行は4回しかない。それだけに思い出は鮮明に残っている。
 最初は1971年。息子が5歳のときだった。アムステルダム、ベニス、ジュネーブ、ローマを巡る旅だった。ただしこのときの欧州内での移動は列車と飛行機。プライベートの旅でクルマを使わなかった唯一の旅だ。

 2回目は、1977年か78年。LA~テキサス~LAを旅した。友人夫妻と5人での旅だった。砂漠と砂漠の中の小さな町を巡った相棒は、フォード・エコノライン・クラブワゴン。ベッドのついた巨大なワゴンだ。このドライブ旅は貴重な経験と思い出になっている。

アウディ

 3回目は1984年。ミュンヘンを出て、イタリアのシエナでターン。帰路は別ルートでミュンヘンに戻る旅をした。この旅は、息子にヨーロッパでの運転を経験させることも目的のひとつだった。クルマはアウディ200クアトロ。全行程の半分以上を息子が運転し、目的は達成された。

 4回目はアメリカでの運転を経験させる旅。息子が大学を卒業したとき、LA~サンディエゴをキャディラックで往復。南カリフォルニアとアメリカ車を堪能した。
「思い出に残るドライブ」は、分厚い本一冊を書けるほどある。また、何かの機会に書ければいいなと思っている。

LA

【プロフィール】おかざき こうじ/モータージャーナリスト、1940年、東京都生まれ。日本大学芸術学部在学中から国内ラリーに参戦し、卒業後、雑誌編集者を経てフリーランスに。本誌では創刊時からメインライターとして活躍。その的確な評価とドライビングスキルには定評がある。AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員

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