【時代の証言_日本車黄金時代】1989年日産スカイラインGT-R(R32型)、ニュルブルクリンク・チャレンジの興奮 by岡崎宏司

R32型スカイラインGT-Rは16年の「GT-R空白期間」を経て1989年5月に復活(発売は8月)。カタログ冒頭で「生まれながらにして伝説的な存在になることを運命づけられたクルマである。」と語りかけ、特別な1台であることを印象づけた

R32型スカイラインGT-Rは16年の「GT-R空白期間」を経て1989年5月に復活(発売は8月)。カタログ冒頭で「生まれながらにして伝説的な存在になることを運命づけられたクルマである。」と語りかけ、特別な1台であることを印象づけた

GT-Rの実力は世界の一級品。ステアリングを握るのが誇らしく、本当にうれしかった

 ニュルブルクリンクをボクは走った。R32スカイラインGT-Rのステアリングを握って走った。それはまさに心躍る、素晴らしい体験だった。
 最初の5ラップは、はやる心を抑えた。初めてコースを知ってから10年ほどが経つ。その間、20数ラップくらいは走っていると思うが、腰を据えて走ったことはない。コースの3分の1以上が、うろ覚えの状態なのだ。とくにブラインドコーナーは、まったく自信がない。だから「とにかく安全第一」を、自分に繰り返しいい聞かせ走ることにした。

 とはいっても、ニュルブルクリンクとGT-Rの組み合わせは、どうしてもボクを熱くさせた。エキサイティングな唸りを上げるRB26DETT型エンジン。強力パワーを無駄なく路面に伝える素晴らしいトラクション、高い限界性能と優れたコントロール性が両立したシャシー……。走るマシンとしてのGT-Rのポテンシャルと完成度の高さが、ラップを重ねるごとにボクを高次元なスピードの世界に誘い込もうとする。

「まだまだだ。もっと踏み込んでも大丈夫。ほら、もっと気合を入れて……」とボクを叱咤激励するのだ。当然、ボクのボルテージも上がる。5〜6ラップする頃には、コースに体が馴染んだこともあり、タイムがかなり上がってきた。心も体も熱く燃え、明らかにアベレージが上昇していることが体感的にわかったのだ。試しにタイムを測ってみると、ストップウォッチは9分1秒で止まった。正直なところボクはびっくりした。せいぜい9分20秒かそこらと思っていたからだ。コーナーの攻め方は、まだ甘いところだらけ。ブラインドコーナーのほとんどが、まるでだらしのない攻め方しかできていないのに、である。

雨シーン

 つまり「クルマがいいのだ」「クルマさえよければこんなタイムが簡単に出せる」と、ボクはあらためてGT-Rのポテンシャルの凄さを思い知った。そして、10年前の「ニュル初体験」を鮮明に思い浮かべた。11分を切れなかったのに遥かに怖かったのである。むろん、いまとは20数ラップの経験の差がある。だが2分という大差は、GT-Rというクルマなしではこう簡単に縮められはしない。

 ちなみに「9分」が「高性能車の証」となる勲章のようなタイムといわれる。ニュルブルクリンクで9分を切れば、実力一級品のクルマと認められるらしい。

 そうなると「GT-Rは文句なく世界の一級品たる性能の持ち主」になる。ニュル経験ではヨチヨチ歩きのボクが9分1秒なら、ニュル・スペシャリストの黒沢元治さんが乗れば「楽に8分30秒は切れる」はずだからだ。そう考えながらパドックに戻っていくと案の定、「黒沢さんは8分23秒を出した」と耳に飛び込んできた。かなりあっさり出したらしく、「あと2〜3秒は楽に縮まるよ」というコメント付きだったらしい。

スタイル

 その日、黒沢さんは某メーカーのタイヤテストでニュルに来て、仕事の合間に「数ラップを乗った」だけという。さすがとしかいいようがない。このタイムは、おそらくポルシェ911ターボあたりに匹敵するのではないだろうか。黒沢さんは、半袖のTシャツにノーヘルメットの普段着のまま、あっけなくこの凄いタイムを叩き出したのだ。日本チャンピオンだった黒沢さんの腕は、いまもまるで衰えを知らない。

 それにしても、たった445万円で手に入る日本のカタログモデルが、あのポルシェ911ターボと対等に走ってしまうとは……。長い間の夢がとうとう現実になったのである。ボクは感激した。本当にうれしかった。世界の超一級品の性能を備えたGT-Rのステアリングを握るのが、とても誇らしかった。

 結局、その日のボクは13ラップほどGT-Rを走らせた。タイムは8分46秒まで縮まった。黒沢さんには遠く及ばないが、ボクとしては「どうだ、やったぞ!」といえるほど上出来のタイムだ。「コースをもっと覚えれば、まだまだいける……」と思った。そんな自信と希望がいっぱいに湧き上がってくる。素晴らしいタイムである。

エンジンGT-Rが提示する1990年代高性能スポーツマシンの課題と可能性

 「8分46秒」という、ボクにとっては大きな勲章をくれたGT-Rは、ほんとうに速く、実に乗りやすい。

 GT-Rのシャシー性能は大変なものである。280ps/36kgmのパワー/トルクをイージーなものにさえ感じる、電子制御トルクスプリット式4WD「アテーサE-TS」は、FR方式に組み合わせる4WDシステムとしては、現在考えられるベストだと評価できる。

 ニュルでも、ドライの場合はほとんど後輪駆動車に近いトルク配分で走った。タイトターンを激しく攻めると、状況に応じてトルクを巧みに前輪に分配し、「押しと引きの見事なバランス」を示しつつ、コーナーをクリアしてくれた。パワーを送り込みすぎても、従来の4WD車のようにカニ走り的なドリフトアウトといった危険な状態には、まず入らない。

 あくまでFRベースの良さを主張しながら、スムーズにドリフトする。パワーとステアリングの微妙なコントロールで、ドライバーにかなり幅の広い操縦の自由を与えてくれるのである。

真横走り

 GT-Rのコントロール性は文句なしだった、過去に乗ったどんなクルマよりも速く、しかも楽にコーナーを駆け抜けた。それなりの高い緊張感、タイトロープを渡る緊迫感はあったが、恐怖心や圧迫感に結びつく類ではない。むしろ高い陶酔感を呼び起こすような、熱い感覚であった。

 しかし、である。GT-Rを手放しで褒めてばかりでは、ボクの役目は果たせない。将来に向けてGT-Rがより進化するためには、何をしなければいけないのか、ボクの引き出した課題も紹介しておこう。

 まずタイヤとブレーキの一層の強化だ。現在は225/50R16(BSポテンザRE71)を履くが、なるべく早期に17㌅に拡大してほしい。限界域まで(主に中/高速コーナーで)追い込むと、突然、前後タイヤを抱え込むような感じで滑り出す。17㌅になれば、こうした挙動は解消し、コントロール性はグッと高まるはずである。強力なパワー/トルク、アテーサE-TS、スーパーHICASのコンビネーションは、とにかくタイヤをめいっぱい使っている。おそらくタイヤ技術者は「もう後がない。タイヤがかわいそう」といいたくなる状態だろう。

 また過酷な負担にタイヤが少しダレてきだすと、さしものGT-Rでも、場合によってはトラクションが低下する。瞬間リアホイールが空転する事態も起こり得る。リア荷重を増やすことも対策のひとつだろうが、タイヤをより強化する手法も、有効なことは、いうまでもない。

室内

 ブレーキは日本車として最強といっていい。だが、ニュルを走ると、物足りなさがある。ニュルはより高い性能をいくらでも貪欲に求めてくる。とくに耐フェード性は明らかに不足していた。

 サスペンションのセッティング面で注文したいのは「ジャンプしたときの足の構え」だ。ポルシェなどの場合、ジャンプしてもいわゆる「ネコ足」のように着地に向け足をコントロールしている。対するGT-Rは、足が伸びきって、ぶら下がるような形になる傾向がある。着地の際には、どちらがより安定しているか、自ずとわかるはずだ。

 ショートピッチの連続したシワ状の不整を、高速で通過するようなときの路面追従性や、前輪側の対地キャンバーコントロールなどといった面にも、まだ研究の余地は残っている。

 最後にGT-Rのオーナーに「ドライビングテクニックより、セルフコントロールをより重視してほしい」という言葉を贈りたい。なぜなら、GT-Rにだって限界はあるし、4本のタイヤの能力を超えた走りは不可能なのだから。GT-Rの素晴らしい性能の裏には、当然鋭い牙が隠れている。高性能車とはみんなそんなものであり、危険な牙を抜くことは、いまのところ不可能なのである。それをよく頭に入れたうえで、思いきりスカイラインGT-Rの走りに酔ってほしい。
※CD誌/1989年11月10日号掲載

エンジン02日産スカイラインGT-R(R32型)主要諸元

モデル=1989年式/GT-R
全長×全幅×全高=4545×1755×1340mm
ホイールベース=2615mm
車重=1650kg
エンジン=2568cc直6DOHC24Vツインターボ(RB26DETT型)
最高出力=280ps/6400rpm
最大トルク=36.0kgm/4400rpm
トランスミッション=5速MT
サスペンション=前後マルチリンク
ブレーキ=前後ベンチレーテッドディスク
タイヤ&ホイール=225/50R16+アルミ
駆動方式=4WD
乗車定員=4名

表紙

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