ヒートアイランド現象の解消策として、奈良時代から続く先人の知恵は使えないか

猛暑が続く日本の夏。かつて都内は現在ほど暑くなかった。旅人の休息の場になってきた日本の並木道の歴史と効果をまとめた。

奈良時代に生まれた「並木道」の知恵

AC 先人の知恵(並木道の発想) 本文用.jpgイラスト●那須盛之

 日本の祖先は、並木道という素晴らしい知恵を、ヨーロッパより8世紀も早く、奈良時代の759年に考え出してくれた。

 東大寺の坊さんの普照(ふしょう、元・興福寺住職、第九次遣唐使)が、「都から出る七本の街道に、果樹を植えてください」と朝廷に頼み込んだのだ。その文書が、平安末期に編纂された法令集『類聚三代格(るいじゅうさんだいきゃく)』巻7に残っている。こんな内容だ。

「畿内、七つの街道には人々の往来が絶えません。木があれば疲れたときに休めるし、夏は木陰で暑さを凌げます。また空腹ならば実を食べることもできます。どうか街道の両側に果樹を植えてください」。

 しかも並木道を育てる考え方は、都が京都に移っても引き継がれた。『類聚三代格』の巻19によると、821年には、「道沿いに植えた樹木は道ゆくみんなのものであり、これを傷つけたり伐採してはならない」という命令を出している。

 江戸幕府が東海道などの五街道の整備にかかったのは、幕府誕生の翌年1604年だった。一里塚とともに並木も整えた。

 1691年に来日したオランダの船医ケンペルが『江戸参府旅行日記』の中で、並木道をこう書いている。

「東海道は幅広くゆったりとしているので、二つの旅行隊は触れ合うこともなくすれ違うことができる。町や村を除いて、木陰をつくって旅行者を楽しませるように、松の木が街道の両側に狭い間隔でまっすぐに並んで植えてある」。

 しかも街道は、当時のヨーロッパの街道と違って、メンテナンスが確実に行われており、19世紀の初めにやって来たオランダ商館のフィッセルは、『日本風俗備考』の中で次のように記している。

「険しい山地の場合は別として、一般に道路は非常に注意深く手入れが行き届いており、たいていの場合、驚くほど広いので、諸侯および家臣たちの大行列が、お互いに何の支障もなく行き交うことができるくらいである。道路にはしばしば松、杉、栗、または桜の木々の美しい並木道ができている」。

 ところで、東京も昔からこんなに暑かったわけではない。晴れた夏の日も、最高気温は、いまより3度程度低く、100km東、銚子の犬吠埼(いぬぼうざき、千葉県)と同じ気温だった。そのころは昼間いくら暑くても、宵の7時を過ぎたら、気温は25度以下に下がっていた。表に打ち水をして縁台を出し、蚊取り線香をたいて、団扇(うちわ)で宵の口の涼しさを楽しむことができた。明け方まで25度を下らない「熱帯夜」なんて言葉が辞書に登場するのは、70年代以降のことだ。

 それでは東京の真夏の温度を3度押し上げるエネルギーは、どのくらいの量になるのだろうか。かつて都庁の公害研究所の専門家に計算してもらったことがある。

 23区で地表300mまでの空気の温度を、一瞬27度から30度へ上げるためには、2兆8580キロカロリーが必要だとわかった。熱効率を100%として、200リッター入りドラム缶で140万3000本の石油を焚いて出るエネルギーである。しかもこれは、一瞬だけ押し上げるために必要な石油の量だから、何時間も押し上げ続けるためには、もっと莫大な量になる。

 この莫大なエネルギーはどこから出ているのか。クーラーの排熱もあろう。エンジンの熱もあろう。だが、元凶は舗装道路と、コンクリートのビルの照り返しにあるらしい。

 照り返しというのは、単なる太陽光の反射ではない。アスファルトやコンクリートは、波長の短い太陽光線を受け、それを波長の長い熱線に変えて放出する性質を持つ。これが照り返しだ。照り返しは、空気の温度を押し上げる力を持っている。

 照り返しの働きは、太陽光が当たる物質によって変わる。水分の多い土は、照り返しの働きが少ない。

 晴れた日の水面の照り返しが15度のとき、農地や草地は24度、高いビルの表面は35度、舗装した幹線道路は六十度になる。

 そして照り返しによって大気に出る熱が、太陽光から吸収される熱の2倍になると、気温は1.5度上がるという。

 東京都心のビルの屋上の半分に土を入れ、緑を育てれば、緑地は48万平方km増える。また道路に並木を増やす。こうすれば、東京の真夏の温度を少しは下げられるという。

 そういえば、この間行った台北は、たくさんのビルの屋上が、おやと思うほど草木で覆われていた。暑い国の知恵なのかもしれない。ただ、台風の風で飛ばないかと、つれづれに思った。

 名コラムニスト、岡並木さんのアンコール・エッセイをお届けしました。
 (1996年9月10日号原文掲載)

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