【中村文彦 Forum】トラムの街・メルボルンの都心部の様子

トラムの街・メルボルン。トラムは自転車に優先する

今回は、オーストラリアのメルボルンのお話をします。

 この街は、路面電車(トラム)の街として知られています。都心を囲むように地下鉄の環状線があるのですが、その直上の道路上にトラムの環状線があります。そして、その環状線の内側のほとんどの大きな道路にトラムが走っていて、都心の中での移動は、トラムの利用で、ほぼ事足ります。

電停で止まった電車の乗降口に「止まれ」の標識が掲示されて後続車に乗降客が安全な乗り降りをできるように呼びかけている 右端に電停の手前で停車している自転車利用者が写っている

 都心部の一部の道路は自動車が通行できなくなっていることもあり、都心部では自家用車に頼らずに済む街になっています。なお、トラムの都心環状線で囲まれている、いわゆる都心区域では、バスよりもトラムが主役です。路線バスは、トラムの環状線の外側に放射状に延びる道路上での運行となっているようです。

メルボルンの中心部。緑色の点線がトラムの路線

 メルボルンの都心の交通のもうひとつの特徴が、自転車です。シェアリング自転車サービスを含め、ヘルメットの着用が義務付けられるほど、自転車の利用には厳しいルールが課せられているものの、同時にしっかりとした権利が与えられています。

 自転車専用レーン、自転車を区分して扱った信号制御なども充実しています。都心に大きな大学があることも影響しているのだと思いますが、若い世代の自転車利用を多く見かけました。

 このメルボルンで、果たして、トラムと自転車はどちらが優先されるのか、ボクは気になりました。少し横道にそれますが、日本の場合、道路において、あるいは交通計画において、バスと自転車はどちらが優先されているか、説明はなかなか難しいです。

「乗降客が優先」と電光掲示板に表示。メルボルンの中心街はトラムが無料で利用できる

 政策的には、徒歩の次に優先されるものが自転車と考えられる場面が多いです。バス事業者の言い分にも面白いものがあって、「高齢者などで自転車に乗れない人がいることを考えると、彼らのためにはバスが優先されるべきである」とか、「雨の日は自転車利用者の多くがバスを利用するのだからバスを大事にすべきである」という論調もあります。この2つの点では、バスを重視する考え方は間違っていないかもしれません。自転車用走行空間がある道路でのバス停の設計はなかなか難しいといわれています。ここでは、バス乗降客が優先されるのが理想だと、ボクは考えます。

緑色に塗られたエリアはトラムが無料で利用できる

 さて、メルボルンでは、都心のいくつかの電停で、写真のような光景を目にしました。自転車利用者に対しては、前方にトラムの電停(写真ではトラム・ストップ)があることを電光掲示板で警告し、トラムが停車してドアを開けたら、止まれの標識が出ます。そしてトラムの利用者の乗降が済むまでは、自転車はトラムの少し手前で停車して待ちます。別の道路では、自動車も同じ扱いでした。

 トラムの電停のプラットホームがない道路での扱いとしては、ボクが知る限り、スイスのバーゼルやドイツのダルムシュタットなどでも見られる信号制御と同種のものでした。「止まれ」の標識は、トロントを走るトラムのドアに付いているものと似ています。

 バスもそうですが、停留所の設計と運用を見ていると、その街で、何がどう優先されているのかを学ぶことができます。限られた空間の中にいろいろな利用者がいる場面でこそ、明確に優先順位が見えてきます。

 日本では、とくに街中において、歩行者、自転車、トラムやバスの利用者が優先される場面、大切にされる場面が、まだまだ少ないような気がしています。

なかむらふみひこ/1962年生まれ。東京大学工学部卒業後、東京大学大学院に進学。専門は都市交通計画、公共交通、バス輸送など。現在は東京大学大学院新領域創成科学研究科特任教授

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