当コラム「イマドキZ世代のクルマ談義」では、1997年生まれの筆者が思うZ世代なりのクルマへの向き合い方や考え方を連載で述べさせてもらいました。その中で「今どきの若者のクルマ熱は世間が思っているよりも熱いと思う」と常々伝え続けてきたのですが、それは絶対的な数値ではなく、筆者が肌感覚で思っていることともいえますし、「Z世代目線」といっても筆者1人の意見だけしか伝えられていなかったかもしれません。
そこで今回からはクルマ業界で働くZ世代はどんな考え持っているのか? 彼らとのコミュニケーションの中で「Z世代のクルマ好き」の実態考察を深めていきたいと思います。
今回は日産自動車でインフィニティブランドのエクステリアデザイナーとして働く、2001年生まれの25歳、岩片智さんと対談しました。堂々と「クルマ好き」だと自負する彼と話してみて最初に感じたのは、育った環境がその後の趣味趣向に大きく影響するということです。

いわかたとも/2001年生まれ。エクステリアデザイナー。東京・荻窪エリアで育ち、小学生のころからカーデザイナーを夢見る。武蔵野美術大学にてモビリティデザインを専攻、2024年に日産自動車に入社。現在はグローバルデザイン本部にてインフィニティブランドのデザインに携わる。プライベートでは愛車のカスタムも楽しんでいる。
岩片さんのお父様はクルマ好きで、かつて日産プリメーラ(P10型)を所有。このプリメーラでさまざまな場所に行ったと記憶しているそう。岩片さん曰く「家族で猛暑の中洗車をしたりと、子供ながらに愛着が湧き、手放すときは大号泣でした」とのこと。
われわれZ世代の親世代はバブルの恩恵を受けた人もいる世代、どのクルマに乗るかがステータスシンボルでもあった時代を過ごした世代の子供がクルマ好きになりやすいという持論は、ここでも通用するなと思いました。
ただ、クルマに限らず、ライフスタイルや生き方などの価値観は親世代と比べると大きく変化していると改めて気が付いた点もありました。「昔は“モテるためにクルマを買った”」っていうじゃないですか、でも、いまはそんなことないと思うのです。スポーツカーやSUV、ネオクラ系やカスタムを楽しんだり……。自身が好きだったり、ライフスタイルに合わせたりなど、クルマを楽しんでいる人は、誰かのためではなく自分本位でクルマを選んでいると思いますね」と、彼の言葉を聞いた時は「確かに」と思いました。“自分のためのクルマ選び”の「自分のため度」の純度は昔より濃いのでは、とあらためて思った瞬間でした。
岩片さんの職業選択、ひいては日産というメーカーを選んだ理由にも“自分のため度”を思わせる部分がありました。
「祖父がグラフィック系の仕事をしていたため、クルマと同時に絵を描くのも好きでした。それで小学生の時に職業調べみたいな授業でカーデザイナーを知り、そこからはカーデザイナーになることしか考えてなかったですね。日産というメーカーを意識したのは、美大時代に就職先を選ぶときでした。正直なところ、父がプリメーラに乗っていたからとかは、あまり関係なかったですね。」
日産を選んだ理由を聞いてみると、いまどきの若者らしいとも思えました。
「話すのは少し恥ずかしいんですが、会社説明会で日産自動車のプレゼンテーションを見たときに、厚木のテクニカルセンターに勤めているデザイナーが、社内にあるスタバで買ったコーヒーを持ちながら黒い廊下を歩いて自分のオフィスへ向かう……この光景がカッコよくて、自分もここで働きたい!と思いました(笑)。もちろん、日産と聞けばすぐにそのデザインが思い出されるような“アイコニックな名車がたくさんある”ことも大きな理由ですが、いま思えばわりと単純で自分本位な理由も大きかったと思います。あと、実家が日産の工場跡地の近くだったりもあって、勝手に“縁”だったのかなみたいなのは感じています」
SNSで他者が“見える”、他者に“見られる”時代だからこそ、他者と自分をより意識的に比べてしまう…そんな比較行為を無意識にしてしまうことがZ世代にはあると実感しています。だからこそ“映える”ものを求めてしまうし、その映えの世界の住人でいたいと思ってしまう。それはSNSの発展と思春期をともに過ごしたわれわれ世代の宿命だと考えているのですが、岩片さんが日産を選んだ理由もそこに起因するものかなと思いました。

にしかわしょうご/1997年生まれ、富士スピードウェイの近くで生まれ育つ。大学時代から自動車ライターとして活動開始。さまざまなメディアで自動車記事を執筆。定期的なサーキット走行や自身でのモータースポーツ参戦を通して運転技術の鍛錬も忘れない。目指すは「書けて、喋れて、走れる自動車ジャーナリスト」。2026-2027日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
SNSで自身のクルマの楽しみ方を自由に発信していく……そんな行為が当たり前になっているからこそ、各々が好きなジャンルのクルマを楽しんでいると認識できるのですが、SNSがあるからこそ他者比較で考え込んでしまうスパイラルがあるのもまた事実なのです。これはクルマに限った話ではなく、他者を気にしながらも、どのように豊かに自己発信をしていくのか? その両立の苦悩につねにさらされているのではないかと今回新たに、原稿を書きながら思いました。
ひとつ誤解しないでほしいのは、岩片さんは「オシャレっぽいから」という理由でいまの場所にいるのではなく、純粋にクルマ、そしてカーデザインが好きなカーガイであるということです。取材中も時間を忘れてしまうほどクルマ談義で盛り上がりましたし、「クルマの印影がよくわかるカラー、シルバーが似合うクルマは、間違いなくデザインがいいクルマ」という彼なりのデザイン理論にハッとさせられたこともとても印象深く残っています。
とくに記憶に残っているのは「クルマはさまざまな工業製品の集合体で、いろんな形がある。それが時速100㎞以上で移動している。それってものすごいロマンだと思うんです」というコメントでした。普段何げなく運転しているから忘れてしまいますが、「クルマはロマン」という言葉がある理由を要約するとこういうことだな、と思い出させてくれました。
「ロマン、と言葉にすると抽象的かもしれませんが、クルマじゃなくてもいいと思うんです。高くなくてもいい、カメラだったり、時計だったり、自分がいいなと思った“実態のあるプロダクト”を所有することで愛着が沸いていく……それもロマンだと思います。その究極形がさまざまな工業製品の集合体であるクルマなのかなと」
サブスクリプションやレンタルサービスが普及している昨今、「所有する」特別感を味わう機会は減っていると気づきました。工業製品を所有し愛着を持つ……そんな文化が日本の自動車産業を、日本の産業全体を発展させていくのに必要なピースの1つかもしれない……岩片さんの考えに今後のヒントを感じたと同時に、当日着用していた自分の腕時計(お世話になっている方に頂いた)がもっと好きになった瞬間でもありました。
