
マクラーレンW1は世界限定399台の限定生産車。2024年秋に発表され瞬く間に完売。システムパワーは驚愕の1275㎰/1340rpm。4リッターV8ツインターボは新開発。許容回転数9200rpmの高回転型。W1はわずか2㎞だがフル電動走行が可能
結論をいってしまえば、マクラーレンW1はいま、世界で最も速く、最も愉快なロードカーだ。最高出力1275㎰。システムトルク1340Nm。後輪駆動。文字にすると悪い冗談である。なぜ後輪駆動を選んだのか。いまどき1000㎰を超えるハイパーカーなら前アクスルにモーターを置き、e4WDで制御する。そのほうが速くて安心だ。W1は違う。マクラーレンは前輪には前輪の仕事をさせようと考えた。ステアフィールを濁らせたくなかったのだ。そこで空気で前後を押しつけた。W1は世界一のレーシングカーコンストラクターが考えたグランドエフェクト・ロードカーである。
新開発MHP-8型4リッターV8ツインターボは単体で928㎰を発揮。軽量Eモジュールをリアアクスルに加えて前述のごとく強大なシステムパワー&トルクを獲得した。乾燥重量は1399㎏。パワーウェイトレシオはわずか1.1㎏/㎰である。車重はフロントにモーターを置くライバルたちに比べ200㎏は軽い。
W1はレースモードで車高を前37㎜、後17㎜下げ、アクティブ・ロングテールを後方へ300㎜伸ばし、最大1000㎏ものダウンフォースを得る。これは数字の羅列ではない。“思想の羅列”なのだ。
今回、世界限定399台。邦貨で4億円を軽く超える、そんなモンスターをイタリアの一般道で走らせ、しかもムジェロ・サーキットで存分に踏ませるという。正気の沙汰ではない。いや、むしろ正気だ。自信があるのだ。ピットには開発陣が顔を揃え、新CEOのニック・コリンズもいた。新生マクラーレンは自分たちが何者かを、われわれメディアにもう一度見せつけた。
パドックにアメジストブラックのW1が止まっていた。ドアを上げている。従来のディヘドラル式ではない。アンヘドラル式、正真正銘のガルウィング。しかもこのドアは空力ブレードでもある。乗り込むための扉である前に、空気を整える部品として機能する。シートはアエロセル(モノコック)と一体だから、動かない。代わりにペダルボックスとステアリングコラムを引き寄せてポジションを得る。
操作系そのものは見知った風景だった。スタートボタンとハザードが頭上にあることを除けば、レイアウトや操作そのものはアルトゥーラ以降のマクラーレンに近い。イタリアへ飛ぶ直前まで750Sスパイダーに乗っていたこともあって、迷いはなかった。
新しいV8が目を覚ます。サウンドは明らかに野太い。750Sよりもずっと野蛮で、エンジンの存在が近い。まず驚いたのが、“普通に走り出した”ことだった。乗り心地に至っては765LTよりいい。サーキットの取り付け道路を抜けるころにはもう確信していた。これは間違いなくマクラーレン最高のロードカーだと。
4億円も、1275㎰も、いったん忘れる。北トスカーナの田舎道を走り出したW1は、ドライバーを脅かさない。少し無粋さも残るターボサウンドは、ただものではない気配が濃厚だ。けれども車体の動きはすこぶるつきにしなやか。ステアリングセンターにはほどよく余裕もあってアジャイルすぎない。まさにちょうどいい。とはいえドライバーが意志をもって切り込めば、W1のノーズは驚くほど鋭敏に向きを変える。
W1はワインディングを攻めても視線が乱れない。つねにフラットだ。可能な限り速度を上げても公道レベルでは印象を変えない。高速道路でも同じだった。拍子抜けするほどストレスがなくクルージングする。
サーキットに戻ると、ヘルメットとハンスの用意があった。パパイヤスパークの右ハンドル仕様がお次の相棒だ。助手席にはテストドライバーが収まる。彼の指示に従い、ムジェロを1台で占有する。
最初のセッションでコースを思い出す。モードはレース。ギアはマニュアル。七分程度で走るが、それでも速い。とても速い。驚くのはブレーキの踏み応えと、減速から旋回へ移る動きのクリアさ。コーナーの入り口で減速し、向きを変え、出口でわずかにドリフトアウトしながら踏む。すでにマクラーレンらしさ全開、765LTあたりと同等のパフォーマンスだ。
2本目のセッションはレース+にGPモード。ストレートでは4速と5速でブーストを使う。最高速は280㎞/hを軽々と超えてきた。ハンスがなければ首が伸びたかもしれない、と思うほどすべての動きが劇的だ。速さにも慣れたころ、全域ブーストのスプリント(=予選アタック用モード)を試した。すると景色がまるで変わった。コースが一段と狭く、短く感じる。コーナーがこちらへ向かってスッ飛んでくる。すべての操作が遅れる……。
ようやく腑に落ちた。W1の凄さは、速さそのものではない。速さをどう使わせるか、であったと。レースモードで車高を落とす。ロングテールを伸ばす。床下を働かせる。大パワーを4輪駆動で丸め込むのではなく、神の手で乗り手を大丈夫だと信じ込ませるのだ。
ステアフィールには依然、濁りがまるでなかった。荷重が移り、舵が入り、ヨーが立ち上がる。そのひとつひとつが、手のひらから背中へ正直に伝わる。300㎞/hを超えるまで、信じて踏んでいける。
W1はドライバーを置き去りにして速いクルマではない。むしろ速さのど真ん中に、ドライバーを座らせるクルマだった。
