切り絵が生み出す二次元を超えた「2.3Dの世界」/稲垣利治さんの代表作・好きな作品

紙とカッターナイフで作り出す光と影の世界 “切り絵”でクルマを表現する

 デンマークの童話作家、アンデルセンは、切り絵を特技としていました。彼は、訪ねてくる人々に物語を語りながら、紙とハサミで切り絵を作り記念品として渡していたそうです。アンデルセンは、切り絵を“ハサミで作った詩”と名付けていたとか。デンマークのオーデンセ市立博物館のホームページで、素朴でイマジネーションあふれるアンデルセンの切り絵作品を見ることができます。

 クルマを題材に、切り絵作品を発表する稲垣利治さんが使用するのは紙とカッターナイフ。紙を切り出すというシンプルで、かつ繊細な作業から生み出される奥深いアート作品は、鑑賞者のイマジネーションを刺激します。

作品①『ロータス・エリーゼ』紙(ミ・タント/和紙) サイズ:縦×横320×470mm  制作:2021年

 ボクが“切り絵”に着目したのは、谷崎潤一郎の挿絵作家から世界的な切り絵作家となった宮田雅之(1926〜1997年)の作品に出会ったことがきっかけです。切り絵は、人物や自然などを題材にする場合が多いですが、工業製品であり幾何学的なラインを持つクルマをどう表現するのか? それがボクのテーマとなりました。クルマを題材に、絵の具を使ったペイントではない、唯一無二の表現が追求できるのではないか、と思ったからです。

 紙とナイフのみでリフレクション(映り込み)を試行錯誤。昔からの手法にこだわらず、切り重ねることで生まれる“影”に着目し、2D(平面)と3D(立体)の中間的な“2.3Dの世界”に行き着きました。実車を眺めて楽しむように、原画も見る角度を変えて楽しんでいただけるよう日々工夫を重ねています。

 作品①の『ロータスエリーゼ』は、初夏のある日ふらりとドライブに出かけ、日に焼けた体と熱くなったエンジンのために森の中でひと休み……そんなイメージで制作しました。夏の木陰にたたずむクルマのリフレクションはモノクロームで表現し、ボディカラーに緑の和紙を使いました。

 背景は夏の陽光が光り輝くイメージで、ボディカラーの和紙とはテクスチャーを変えて仕上げました。一見シンプルに見えますが、実は手間がかかった作品です。

作品②『スズキ・フロンテクーペ』紙(ミ・タント/和紙) サイズ:縦×横320×470mm 制作:2023年

 作品②の『スズキ・フロンテクーペ』は、昨年の夫婦展のために制作しました。かつてボクも所有していた思い出のあるクルマで、排気量は360cc。リアエンジンで2シーター、2サイクル3気筒3キャブレターで、パワーは37㎰あります。いまでは信じられないかもしれませんが、タコメーターの表示は0〜3000回転までイエローゾーンで、低速トルクがなく、いつもメーターと睨めっこしていたのが懐かしい思い出です。

 いま思えば、ホンダS660より過激なマイクロスポーツカーでした。作品は秋をイメージして、紅葉した一枚の落ち葉に季節感を込め、FRONTEのエンブレムとエンジンフードのスリットのみでシンプルに表現しました。落ち葉とエンブレムに制作時間の大半を使いました。

作品③『トヨタ2000GT』和紙 サイズ:縦×横470×405mm  制作:2022年

 作品③の『トヨタ2000GT』は、アニメソングで有名な水木一郎さんと対談したときに話題になったクルマで、当時を思い出しながら制作しました。作品は、オール和紙です。ふだん使い慣れた紙は繊維の方向性がないので切りやすいのですが、和紙は繊維の硬い部分と柔らかい部分が混在して切りにくく、切り口も綺麗に仕上がらないのが難点です。

 あれこれ思案し、写真でいうネガとポジが逆転したような表現を思いつきました。クルマに映り込んだ光を明るい色ではなく、暗い色にする明暗逆転の発想です。

 手前の路面にはわずかな色を感じさせるよう差し色をつかっています。これまでの作品とは違った見え方でお気に入りの作品です。

いながきとしはる/1953年、愛知県名古屋市出身。1972年、 トヨタ車体入社。乗用車・商用車・ミニバンなどのエクステリアとインテリアデザインの開発に携わる。2007年から名古屋市ノリタケの森でグループ展を主催。オートプラネット名古屋で常設展示中。2015年、トヨタ車体デザイン部退社。同年、ペブルビーチ・コンクール・ド・エレガンス AFAS展参加。AAF(オートモビル・アート連盟)会員。愛知県日進市在住

やまうちともこ/TOKYO-FMパーソナリティを20年以上つとめ、インタビューした人1000名以上。映画評論家・品田雄吉門下生。ライター&エディター

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