祝マツダ100周年。コスモスポーツの思い出

マツダが創立100周年を迎えた。筆者にとって思い出深いマツダ車の1台が、コスモスポーツだ。1967年、世界初の2ローターロータリーエンジンを搭載してデビューし、既存のエンジンとは異なるドライブフィールを体感した。マツダの技術的シンボルとして、いまなお根強いファンを持つロータリーエンジンとコスモスポーツの思い出をまとめた。

いまも鮮明、2ローターロータリーの感触

コスモスポーツフロント.jpg▲マツダ・コスモスポーツ 1stコスモスポーツは世界初の2ローター・ロータリーエンジン搭載車として1967年5月にデビュー 10A型ロータリーエンジン(491cc×2)は110ps/7000rpmを発生 0〜400m加速16.3秒 最高速度185km/h

 数えきれないほどのクルマに乗ってきたが、おぼろげな記憶しか残っていないものが多い。鮮明な記憶を残すクルマは少数派である。

 そんな中、1967年の春、いまから53年前に乗った1stマツダ・コスモスポーツの印象はいまも鮮明だ。

 その前に乗った世界初のロータリーエンジン車、「NSUヴァンケル・スパイダー」(1964年デビュー)の走りにはガッカリした。ロータリーエンジンは、まったく使いものにならないと思った。そうした経験があったので、正直なところ、コスモスポーツにもあまり期待はしていなかった。

コスモ横位置決まり.jpg▲新車時価格:148万円 寸法・重量:全長×全幅×全高4140×1595×1165mm ホイールベース2200mm 車重940kg サスペンション:フロント:ダブルウィッシュボーン/リア:ド・デオン 駆動方式:FR

 ところが走り出してすぐ、「同じロータリーでもNSUとは別もの」とわかった。さすがに、低速トルクは十分とはいえなかったが、発進や低速走行で、特別な気配りや操作は強いられなかった。

 ツインローターのもたらす、極上とさえいえる滑らかさと静かさ。そして、どこまでも心地よく伸びていくような回転感。その虜になるまでに時間はいらなかった。

2ローターエンジン.jpg▲マツダ(当時は東洋工業)は1960年代初頭からヴァンケル・ロータリーの実用化に着手 「悪魔の爪痕」と呼ばれたチャターマークなど数々の技術的課題を克服 市販化を成し遂げる 10A型のスペックはデビュー時110ps/13.3kgm 1968年には128ps/14.1kgmにパワーアップした

 当時は、一部の特殊な例を除き、スポーツ系エンジンでも5000rpmを超えると苦しげな音と粗い回転感をあらわにしたものだ。

 しかし、コスモスポーツに積まれた、世界初のツインローター・ロータリーエンジンは、110psを発揮する7000rpmまで引っ張っても、粗さとはいっさい無縁。その滑らかさと静かさは、「未体験ゾーン」だった。

 MTは4速。もしも、現在のように6~8速だったら、どんなに楽しかっただろうかと思う。0〜400m加速のメーカー公表値は16.3秒。当時としては超一級のタイムだが、「もっと縮められる」というのがボクの印象だった。

シート.jpg▲シートはヘリンボーン柄のファブリック 2点式シートベルト標準 ヘッドレストは未装備 着座ポジションは非常に低かった

 空いた山岳ワインディングロードに入ると、コスモスポーツはさらに真価を発揮した。フロンドミッドシップレイアウトによる優れた重量バランス、そして低重心(全高は1165mm)のコンビネーションがもたらす身のこなしは、素晴らしいものだった。

 空気抵抗が小さい点も、コスモスポーツのスピード性能に大きく貢献していたはずだ。同レベルの出力を持つクルマとのスピードの伸び、とくに高速域での伸びには明らかな差が感じられた。

 低く伸びやかなルックスは、本当にきれいだった。いま見ても引きつけられる。コクピットにもまた、同じことがいえる。

メーターアップ.jpg▲インパネは7連メーターを備えたスポーツ形状 10A型ロータリーはレッドゾーンの7000rpmまでスムーズに回った ステアリングはウッドリム トランスミッションは4速MT

「乗っていただければ、必ずマツダのロータリーを好きになっていただけるはずです」

 ロータリープロジェクトを牽引されていた山本健一さん(ロータリーを開発した〝四十七士〟のリーダー、後のマツダ社長)の言葉をいまも思い出す。ロータリーエンジンは、まさにそのとおり人気者になった。1stコスモスポーツは、マツダ100周年を代表するエポックモデルである。

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