新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、WEC富士6時間は20年、21年と開催が見送られ、3年ぶりの開催となった。その間、規則が変わり、トヨタが12年から参戦する最上位カテゴリーのLMP1は21年からハイパーカーに変わった。この年はトヨタが唯一の純粋なハイパーカーを持ち込んでシリーズを盛り上げた。そこに新たに加わったのが、フランスのプジョーだ。
92年、93年、09年のル・マン・ウイナーであるプジョーは10年を最後に耐久レースから遠ざかっていたが、ハイパーカーの9X8(ナイン・エックス・エイト)で、12年ぶりに復帰した。この車両の最大の特徴はリアウイングを持たないこと。ハイパーカー規定は車両が発生するダウンフォースの上限を規定している。LMP1時代に発生させていた数値にくらべるとだいぶ小さく、リアウイングに頼らなくても、フロアと路面に挟まれた空間の圧力を制御することで規定のダウンフォースを発生させることは十分に可能。そう判断したプジョーは、量産車のデザイン部門の意見も取り入れ、リアウイングを持たない大胆なコンセプトを実現した。
目を引くのはそれだけではない。ヘッドライトは最新の量産モデルと同じ、ライオンの爪が引っかいた痕をイメージした3本のラインを採用。リアランプにも3本ラインを反復させている。ボディカラーのグレーとイエローグリーンの差し色は、20年に立ち上げたハイパフォーマンスブランド、プジョー・スポール・エンジニアード(日本未導入)のイメージカラーである。純然たるレーシングカーのルックスをしたトヨタGR010ハイブリッドとは対照的に、プジョー9X8は量産車との結びつきを意識したスタイリッシュなルックスとしたのが特徴。久々の復帰と相まって、9X8目当てのファンが多く富士に詰めかけた。
富士6時間でのプジョー93号車(P・ディ・レスタ/M・イエンセン/J・E・ベルニュ選手組)は予選4番手、決勝では232周したトップから7周遅れの総合4位だった。94号車(L・デュバル/G・メネゼス/J・ロシター選手組)は予選4番手で決勝は15周遅れの総合20位。9X8は開発の遅れから、7月の前戦モンツァ6時間でようやくデビューを果たしたばかり。つまり、富士6時間は2戦目。信頼性の問題が出て当然だ。
プジョーの2台が大きく遅れることになったのは、エンジンからのオイル漏れが発生し、その修復に時間を費やしたためだった。デビュー戦のモンツァでは、タイヤかすがギアボックス用ラジエターに詰まって冷却に問題が発生。それを短期間で解決して富士戦に臨んでいた。トヨタと互角の勝負に持ち込むにはまず、実戦で初めて経験する信頼性の問題を確実につぶしていくことが不可欠だ。
富士スピードウェイのグランドスタンド裏に設けられたイベント広場では、カーボンニュートラルに向かうWECの動きと連動した企画展示が行われていた。テーマは「水素」だ。25年からWECの一戦であるル・マン24時間レースに、燃料電池を積んだプロトタイプ車両による「水素クラス」が新設される。広場には、トヨタの燃料電池車ミライや、ミライの燃料電池システムをコンバージョンしたグランエースにコースター、水素エンジンを搭載したカローラ・クロス、2輪用水素エンジンを搭載したカワサキのバギー、山梨県や山梨大学が中心となり、燃料電池を使って製品化を目指す電動アシスト自転車などが展示してあった。
WECは21年まで、ガソリンにエタノールを20%混合したE20を全車共通の燃料として使っていた。22年からは同じトタルエナジーズ製の100%リニューアブル燃料(再生可能資源由来の燃料)に切り換えている。 3年間のブランクの間に、WECは大きく変わったことを印象づける富士6時間だった。