なぜ新車価格の改定ニュースが集中的かつ連続的に発生しているのか?

モデルイヤーのタイミングでもないのに価格改定続々

 世界中で新車価格が値上がりしている。もともと欧米ではモデルイヤー(車両年次)ごとに物価動向や装備品の追加など製造コストを反映した値上げが行われてきたが、昨今では原材料調達価格の値上がり、半導体不足による半導体の値上がりも車両価格を引き上げる要因になっている。そして、値上げには慎重だった国内自動車OEM(オリジナル・エクイップメント・マニュファクチャラー=ここでは自動車メーカーを指す)も「FMC(フルモデルチェンジ)やMC(マイナーチェンジ)ではない値上げ」に踏み切った。

三菱デリカD:5

三菱デリカD:5 一律8万8000円の値上げを実施

 

仕様変更を伴わない日本車の価格改定はレアケース

 先陣を切ったのは三菱自動車だ。三菱は8月1日にデリカD:5を8万8000円、ミラージュを3万3000円値上げすると発表した。マツダは8月4日に「CX-30とマツダ3の商品改良を行う」と発表し、マイルドハイブリッド仕様をラインアップに加えて車種体系と価格の見直しを実施した。
 日産は「コストアップ分を車両価格に転嫁するような値上げは行わない」とコメントしているが、かつて2016年には為替変動や物流コストの高騰を理由にマーチとノートを値上げした経緯がある。スバルも値上げの方向を匂わせている。

 日系OEMは、日本市場向けのモデルはFMCで価格改定する以外は値上げはほとんど行って来なかった。その理由は決算報告所を見ればわかる。1台当たりの売上高営業利益率(クルマを製造販売して得た利益)は、1970年代以降、確実に上昇しているのだ。1980年代末のバブル期に大幅にアップしたのは当然としても、2000年代に入ってからの販売不振、2008年秋のリーマンショック、2011年の東日本大震災といった突発的な出来事のあとも、売上高営業利益率のリカバーは比較的順調だった。利益確保ができているから値上げの必要がない、ということだった。

三菱ミラージュ

三菱ミラージュ ミラージュは一律3万3000円の値上げになった

 その最大の理由は、部品メーカーと素材メーカーがOEMからの値下げ要求に応えてきたことだ。OEMも設計段階で原価低減に知恵を絞った。その昔、日本が好景気に湧いた時代には「性能アップに対して価格据え置き」という表現がよく用いられたが、これが「国内OEM数が多く競争が激しい日本市場」の特徴だった。つねにライバル他社の動向を気にしながら製造原価を抑える工夫がされてきた。しかし、2010年代後半でもトヨタやスバルなどは売上高営業利益率を上昇させてきた。

 一方、日系OEMは、欧米市場ではモデルイヤーごとの価格改定を行う例が少なくない。欧米では一般に、9月から新しいモデルイヤー(MY)に切り替わる。売れ残った前年MYの車両は大幅値引きで在庫処分される。たとえFMC/MCがなくてもMYでの価格改定が行われることは珍しくない。ただし、こうした商慣習の欧米市場でも、日系OEMは値上げに対しては地元OEMよりも慎重姿勢である。

原材料費と輸送費の高騰が新車を直撃

 現状での値上げ理由は、資源価格の高騰が最も大きいだろう。コロナ禍での輸送コスト増などは、全体から見ればそう大きな要因ではない。鉄鉱石など資源価格は、中国での工業生産が拡大した2000年以降、じわじわと値上がりを続けてきた。しかし、日本国内ではトヨタと日本製鉄による価格交渉が自動車産業向けの卸売価格を決める代表交渉であり、大口需要家である自動車向けの鋼材価格は、家電など他業種向けに比べると過去一貫して低い水準に保たれてきた。

メルセデスCクラス

メルセデスは8月29日に一部車種の価格を改定 C200アバンギャルドは651万円になった

 ところが、資源価格の高騰により、もはや鉄鋼メーカーのコスト低減努力では対応しきれなくなった。欧州ではアルセロール・ミッタールやティッセンクルップが毎年、鋼材価格を値上げしている。安売りを続けると新規の設備投資ができなくなるというのが鉄鋼業界の言い分である。

 輸入車の価格は、この数年間でかなりの値上げになった。メルセデスベンツCクラスはFMCのタイミングで大幅な値上げとなったが、その背景はほとんどが製造コストの上昇だった。欧州では「いいものは高い」のが当たり前であり、各OEMは「次の世代の商品のための研究開発費と設備投資費を確保する」ために相応の利益率を確保している。

VWゴルフ

VWは8月に一部モデルの価格を改定 ゴルフは仕様変更とともに価格が改定された 写真のGTIは486万2000円に

 日本で販売される輸入車は、少なくとも100項目以上、場合によっては数100項目以上もの「仕様書」から細かく仕様を決めている。外装、ばね&ダンパー、タイヤ、内装部品、装備品など、それぞれに細かな仕様がある。なるべくコストアップしないように仕様決定段階でも日本の輸入元は知恵を絞っている。それでも、大元の工場出荷価格が上昇しているのだ。VWが8月に発表した値上げは2022年25週(6月20日)以降に生産されたモデルが対象で、「原材料費等の急激な価格上昇に伴う工場出荷価格の上昇によるもので、価格改定幅は仕様変更も含め、約3.5%~8.3%」と説明している。

現在の日本の賃金水準を考えると

 最近よく報道されるのは「日本の賃金水準は25年間ほとんと上がっていない」という点だが、米国や欧州各国はこの間に順調な所得の伸びを達成してきた。ある意味、これは「商品価値に対して適切な対価を消費者が支払ってきた」ことの結果といえる。

 日本はひたすら値上げを我慢し、コスト上昇を抑えてきた結果として「所得の伸びゼロ」だともいえる。自動車の価格はそれに引っ張られて、据え置かれてきたと見ていいだろう。しかし、世界水準の資源コスト上昇などに日本はもう耐えられなくなった。これが値上げの根本理由ではないか。

SNSでフォローする