【九島辰也のカーガイ探訪記】レースをVIPの社交場としたのは、ベントレーの功績かもしれない

ベントレーは100年前からル・マン24時間を席巻。レースをVIPの社交場としたのは、彼らの功績かもしれない

「たくさんクルマを試乗していますが、どれが一番好きですか?」という質問をよく受ける。聞きたくなる気持ちはわかるが、答えるのは難しい。各ブランドのフィロソフィー、歴史、携わってきた人たち云々を取材したり、文献で調べたりすればするほど、それぞれに魅力を感じるからだ。それにタイミングにもよる。直近でめちゃくちゃ気持ちのいいハンドリングで楽しい走りを味わわせてくれれば、自分の中のランキングは急上昇。

「最近はアルピーヌです」とか、「アルピナが好きです」、「アバルトですかね」なんて感じになる。

 そんな中で、ここ5、6年前から多めに口に出るブランドがある。ベントレーだ。ベントレーという印象から「高級車だからでしょ!」といわれそうだが、それを含め理由はたくさんある。なんたって今年で105年の歴史を持つブランドである。興味深いストーリーに事欠かない。

 たとえば、ベントレーとレースの関係。このブランドをロールス・ロイスのバッジ違いだったと認識している方もいらっしゃると思うが、それは正解であり不正解。ベントレーが高性能で、人気が高く、レースで勝ち続けていたことに起因する。それをライバル視したロールス・ロイスが、勢いを止めるため買収した結果、バッジ違いとなった。1931年の出来事だ。

 ベントレーがどれだけレースで活躍したかというと、その成績は実に輝かしい。1919年に創業すると1923年にル・マン24時間レースに参戦。翌年初優勝すると、1927年から1930年まで4連勝するのだ。ちなみに、1923年は第1回ル・マン24時間レースの年。昨年100周年を大々的に祝ったことを記憶している方も多いだろう。いまもこのレースはヨーロッパ人にとって一大イベント。

 何度か足を運んだ経験があるが、レースウィークとなる1週間はル・マンの街がカーガイに占拠される。九島調べだが、その多くは英国人のような気がする。レンジローバーにテントを積んで来て、オートキャンプエリアでお祭り騒ぎ。多くの英国ナンバーがドーバー海峡を渡って来る。

 話を戻すと、当時ベントレーに乗るドライバーたちの立ち居振る舞いがかっこよかったのも有名な話。他のチームが腕だけで勝負するプロのドライバーを雇っていたのに対し、ベントレーのワークスチームが揃えたのは、他に職業を持つ人たち。ある者は新聞記者、ある者は貿易商、ある者は教師といったインテリ層を集めた。思うに富裕層出身のベントレーさん(ウォルター・オーウェン・ベントレー)のご学友のような気がする。

 で、そんな彼らの立ち居振る舞いが観衆に注目されたのだが、中でもファッションが話題となった。サーキットへはバリっとしたスーツで現れ、レースの準備に入るとお揃いのかっこいいレーシングスーツに着替えたのだ。その華やかな装いから彼らはいつしか“ベントレー・ボーイズ”と呼ばれるようになったとか。現在日本にはたくさんの戦前ベントレーが保有されているが、そのオーナーたちはみなさん口を揃えて、「オレはベントレー・ボーイズなんだよ」なんていいながら胸を張っている。

 そんな話を知ると、レースも優雅に見えてくる。もともと侯爵、伯爵、男爵たちの遊び場だからね。F1をはじめ大きなレースにはVIPルームがあり、セレブが集っているのは100年前と変わらない。  そう、サーキットは社交場でもある。たまにはそんな観点でレースをご観戦くださいませ。

くしまたつや/モータージャーナリスト。2024-2025日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。『Car Ex』副編集長、『American SUV』編集長など自動車専門誌の他、メンズ誌、機内誌、サーフィンやゴルフメディアで編集長を経験。趣味はクラシックカーと四駆カスタム

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