ホンダが開発中の「ドリーモ」とは? カーボンニュートラルに役立つ夢の切り札

▲栃木研究所の屋上でドリーモは太陽光を受けて培養されている
▲栃木研究所の屋上でドリーモは太陽光を受けて培養されている

 温室効果ガス(GHG)としての二酸化炭素(CO2)削減がいま、世界中で大きなテーマになっている。GHGそのものは多くの種類が存在する。六フッ化硫黄(SF6)のようにCO2の2万倍以上も熱を蓄えられる物質も存在するが、GHG全体に占める比率で見るとCO2が圧倒的に多い。

 日本ではGHG排出全体の約85%が「人為的なエネルギー起源」のCO2、植物や家畜など火エネルギー起源のものが6.5%と推計される。

 このCO2を減らすための手段のひとつが、植物に吸収させて固定してしまう方法だ。実は、自動車メーカーでも植物利用に取り組んでいる。その中で非常にユニークな研究がホンダのドリーモ(DREAMO)だ。

 工場などから排出されるCO2を藻に吸収させ、成長した藻を合成燃料、バイオプラスチック、さらには商品や化粧品などの原料に使おうというプロジェクトである。

▲ドリーモはホンダが独自に作り上げたコナミドリムシの変異種
▲ドリーモはホンダが独自に作り上げたコナミドリムシの変異種

 藻の利用法としては、動き回ることができる単細胞鞭毛藻類のミドリムシを含むユーグレナ藻が有名。ホンダはミドリムシの約10分の1というサイズのクラミドモナス・レインハーディティ藻、別名コナミドリムシを使う点が特徴だ。

 もともとは国立研究開発法人・国立環境研究所で生まれたクラミドモナス・レインハーディティ・ユーテックス90という藻だが、ホンダはこの藻を8年かけて独自に改良した。完全な変異種となったことからクラミドモナス・レインハーディティ・ホンダ・ドリーモと命名した。

▲もが分裂している様子がわかる
▲もが分裂している様子がわかる

 最大の特徴は増殖が早いことと、環境適応能力が高いことだ。世界中のホンダ工場で工場排気をそのまま使って藻を育て、エタノール(エチルアルコール)を作ることが目的だったため、排気中にNOx(窒素酸化物)やCO(一酸化炭素)などの不純物が入っていても影響を受けない特性や、成長に適したCO2濃度が広く、東南アジアの暑さや日本の冬の寒さの中でも生育できる温度環境の幅が広いことを品種改良の条件にした。

 これらすべてを満足し、しかも成長速度を早くするための改良に8年を要した、という。

 もうひとつ、ドリーモには性質上の特徴がある。培養液の成分を変えるだけで「タンパク質体質」と「炭水化物体質」を行ったり来たりできる。炭水化物成分が多い状態の藻はエタノールやバイオプラスチックの原材料になる。一方、タンパク質成分が多い場合は家畜の飼料、代替肉、ダイエット食品、サプリメントなどの原材料にできる。

 ホンダはこのタンパク質藻から炭水化物藻へ、またその逆という藻の変化を3日で実現することに成功した。世の中の需要を見て「藻の役割」を変化させるためだ。

▲CO2を回収した藻類は燃料やバイオプラスチックなどに利用できる
▲CO2を回収した藻類は燃料やバイオプラスチックなどに利用できる

 実際のドリーモを見ると、ミドリムシよりもはるかに小さく、細胞の直径は10ミクロンほどだ。元気よく動いているが動物ではなく植物。細胞分裂を5時間ほどのサイクルで繰り返し、どんどん増えるという。

 室内にある気象機という箱の中で太陽光に近い波長の光を当てて前培養を行ったあと、屋外の施設で培養される。培養液が入ったビニールバッグに藻を入れ、その後方に温度調節用の水を入れたバッグを装着して、自然光の中で増殖させる。培養に必要な温度は太陽光と気温から得るだけで、他にエネルギーを使わない。

「現在は実験段階なので研究所(栃木)の屋上で育てている。実用化されれば工場敷地内に培養設備を置き、そこに工場排気を直接流す方法になる。この地域は冬場でもマイナス5度なので、とくに寒いときはビニールで覆う。

 夏場は35度になるときもあるが、培養液バッグの後ろ側にある水の入ったバッグが培養液の熱を吸収するヒートマスになるため、冷却用の設備は不要。40〜45度で7〜8時間なら藻は死なない」と、ドリーモ研究チームは説明してくれた。

▲再生可能電力をそのまま使う分野/電気分解を通じて水素として使う分野/バイオ由来の燃料を使う分野などエネルギーの使い方はさまざま
▲再生可能電力をそのまま使う分野/電気分解を通じて水素として使う分野/バイオ由来の燃料を使う分野などエネルギーの使い方はさまざま

 生育の最適温度は28度で、理想は20〜32度。中国の広州やタイのアユタヤ、アメリカのオハイオ州など、ホンダが車両工場を持つ地域の環境に合った品種改良を施しているという。ドリーモ1グラムで2グラムのCO2を吸収するという効率のよさは、生育環境に左右されないそうだ。

 収穫された藻は遠心分離機で培養液と分離され、そのままペースト状態で出荷するか、あるいは乾燥させて粉末にするか、用途に応じて変化させる。また、酵母を使ってエタノールにする場合は液体のエタノールとして出荷される。

 ホンダは藻を育てて出荷するだけで、それ以降の使い方はそれぞれの専門業者に委ねるというが、すでに他業種からの引き合いがあるという。

▲排出されたCO2はドリーモが回収 ドリーモはバイオプラスチックなどとして利用される
▲排出されたCO2はドリーモが回収 ドリーモはバイオプラスチックなどとして利用される

 現時点で培養に必要なデータは得られているため、工場に設備を設置すればいい段階まで来ている。ホンダの場合、工場から排出されるCO2は、ホンダの企業活動全体の約10%に相当する。

 もし、そのすべてを藻の育成に充てられれば、藻の加工製品の販売利益で藻の育成システムを維持することができる。CO2を吸収しながら育成コストは製品販売で回収できるから一石二鳥だ。

 そして、タンパク質と炭水化物質のどちらにでも性格を振ることができるというメリットが需給調整の役に立つ。

▲ホンダを創業した本田宗一郎氏は「夢」という言葉が好きだった
▲ホンダを創業した本田宗一郎氏は「夢」という言葉が好きだった
SNSでフォローする