池田直渡のクルマのパースペクティブ「第2回中編:トヨタの強さと、その原点。トヨタ生産方式」

▲トヨタ自動車創業者の豊田喜一郎氏はトヨタ生産方式の体系化を指示した
▲トヨタ自動車創業者の豊田喜一郎氏はトヨタ生産方式の体系化を指示した

コロナ禍でも黒字を出し続けているトヨタ。何がその特徴かといえば、トヨタ生産方式を知っておく必要があります。世界の生産現場に革命を起こしたトヨタ生産方式は実は極めてシンプル。「売れた分だけ作る」。それだけなのです。しかしながら、その先に膨大なケーススタディが広がっています。それらのいくつかを紐解くとともに、トヨタ生産方式の何がそんなに新しかったのかを探っていきます。

▲トヨタ生産方式を体系化した元トヨタ自動車工業副社長の大野耐一氏
▲トヨタ生産方式を体系化した元トヨタ自動車工業副社長の大野耐一氏

(前編より)

 市場の現実を直視すれば、顧客がいまほしがっている製品以外は「無駄」である。その無駄をどうやって削り取って行くかが重要になる。

 そのために顧客に少しでも近い後工程がリードするのだ。ゆえに、極論をいえば、生産品目と速度を決めるのは顧客である。

 顧客がほしがったときにほしいものを生産する。顧客起点で遡る、そのペースはラインの末尾から先頭に向かって伝達されていく。

 出口の速度が全体を決める。それはマーケットこそがすべてを決めるという自由主義経済の基本に忠実になるということでもある。反対に計画生産は、中央が決めて作ったものを個人が買うという社会主義的思想ということでもある。

 それを仕組み化したのがカンバン方式だ。

 ある2つの工程を抜き出して具体的にいえば、必要とする部品を、後工程が引き取る。そのとき部品についた札(カンバン)を外して前工程に渡す。

 このカンバンが発注書になって、前工程が部品を作る。前工程では、つねにカンバンに書かれている製品を、カンバンが届いた順番で、カンバンの数だけ作る。

 だから余分な生産は必要ないし、必要な分は必ず生産される。カンバンという極めて即物的な道具を用いて、必ず後工程がペースをリードするようにする仕組みである。

■品質は工程で作り込む

▲最新のGRファクトリーではコンポーネントとシャシーはそれぞれ三次元測定器で精密に測定され、組み立て後も再度測定して確認が行われる
▲最新のGRファクトリーではコンポーネントとシャシーはそれぞれ三次元測定器で精密に測定され、組み立て後も再度測定して確認が行われる

 TPSが過去のスタンダードな生産方式と比べて、極めて特徴的なのは、管理を不要にしていることだ。しかし管理がなくて生産ができるのだろうか? その疑問はもっともだ。

 管理の目的は良品を正しいペースで作ることにある。管理はそのための手段であって、目的ではない。もし、高品質な製品を必要なだけ市場の求めるペースで作れるシステムがあれば、「何も生産しない、つまり利益を生まない」管制部署は無駄でしかない。

 カンバン方式によって、前工程と後工程の間だけで円滑かつ正確に発注が行われるなら、それで目的は達成される。

 そのためには、カンバンを外して渡すという原則さえ守られればよい。管制部署が全部を把握して、統括的にコントロールする必要はない。TPSの大きな特徴のひとつは、こうして単純な管理方法で当事者間だけで緻密な制御が行える点だ。

▲組み立てラインで異常が発生したとき作業者がひもスイッチを引いて定位置でラインを止める
▲組み立てラインで異常が発生したとき作業者がひもスイッチを引いて定位置でラインを止める

 しかし、この部品の中に不良品が混ざっていたらどうなるだろうか?

 自動車のような大きな製品を流れ作業で作ろうとすると、不良があっても簡単に手戻りができない。

 誰かが担いで運べるようなものではないし、手戻りというイレギュラーな作業を行うスペースも大いに無駄である。

 ライン全体を長時間止めると、大変なロスになってしまうのだ。そこで、「品質は工程で作り込む」という重要なワードが出てくる。すべての工程は、完全な製品を作ることが義務付けられる。不良品は各工程内で完璧に防止する。

 そこで面白いことが起きる。

「ラインを止めても構わない」というより、むしろ「不良を出すくらいならラインを止めろ」という思想が生まれるのだ。

 工程内の問題が起きたらラインを止め、その不良がどうして起きたかを徹底的に調査する。そのうえで、その防止策を仕組み化して、初めてラインが再稼働する。無論、ラインを止めることでのお咎めはない。むしろ問題をいち早く発見したお手柄という評価になる。

 いわば現場の作業者がラインを止める権利を持っているともいえる。これもよく考えてみると、管理を不要にする仕組みだ。

 トヨタの始まりが自動織機であったことは広く知られているが、その自動織機は「糸が切れたら即刻止める仕組み」が組み込まれていた。

 糸が切れたまま作業が続けば、布一枚が全部ダメになる。止めなければ、被害が拡大するのだ。この思想を受け継いで、いまなお、不良の発生をリアルタイムで把握して、即時改善し、結果として不良品を製造しないということが行われている。

▲豊田喜一郎氏の父、佐吉氏が作った自動織機は糸切断時の自働停止を装備 考え方はニンベンのつく自働化としてTPSに受け継がれた
▲豊田喜一郎氏の父、佐吉氏が作った自動織機は糸切断時の自働停止を装備 考え方はニンベンのつく自働化としてTPSに受け継がれた

 しかし、「糸が切れると困る」から、人が機械の番人になるのは問題が多い。ただ番をしていろといわれても、意欲が湧かないし、人による付加価値が何も発揮できない。高い人件費を払って、ただ機械の番をやらせておくのは金銭的にも無駄である。

 本来「人の作業を代行するための機械」なので、番人を置くのは、生産コストの二重発生である。だから、機械に、「問題を人のように発見する仕組み」を持たせるのである。人の手の動きを機械に置き換えるのではなく、人が目で見て、頭で考える作業も加えた「人の働き」を機械に置き換えるのだ。

 糸が切れたら機械が自動的に止まる。こうした考え方をTPSでは「ニンベンの付く自働化」と呼ぶ。

▲トヨタ生産方式の代表的な道具のひとつとして有名なアンドンは機械や工具の異常がひと目でわかるようにした電光表示板のこと
▲トヨタ生産方式の代表的な道具のひとつとして有名なアンドンは機械や工具の異常がひと目でわかるようにした電光表示板のこと

「アンドン」という言葉もよく出てくる。これはいってみれば非常ボタンのようなものだ。

 自分のところで問題が起きたり、作業が遅れたらアンドンと呼ばれるランプを点けて周囲に知らせる。周囲はアンドンで誰かの作業の問題発生に気づき、すぐに様子を見て、たとえば作業の遅れだとすれば、隣の人が遅れた作業の一部を自分のルーティーンに取り込む。12の工程を3人でやっていたとすれば、4:4:4だったものを5:2:5に切り替えるのだ。

▲最先端のGRファクトリーにも進化したアンドンが天井からつるされておりトヨタ生産方式が脈々と継承されていることがわかる
▲最先端のGRファクトリーにも進化したアンドンが天井からつるされておりトヨタ生産方式が脈々と継承されていることがわかる

(後編へつづく)

【本稿はカー・アンド・ドライバー本誌2021年1月号掲載分をウェブ用に加筆修正したものです】

著者:池田直渡(いけだなおと)●1965年神奈川県生まれ。1988年ネコ・パブリッシング入社。2006年にビジネスニュースサイト編集長に就任。2008年に独立後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行うほか、YouTubeチャンネル「全部クルマのハナシ」を運営。コメント欄やSNSなどで見かけた気に入った質問には、noteで回答も行っている

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