池田直渡のクルマのパースペクティブ「第2回前編:トヨタの強さと、その原点。トヨタ生産方式」

コロナ禍でも黒字を出し続けているトヨタ。何がその特徴かといえば、トヨタ生産方式を知っておく必要があります。世界の生産現場に革命を起こしたトヨタ生産方式は実は極めてシンプル。「売れた分だけ作る」。それだけなのです。しかしながら、その先に膨大なケーススタディが広がっています。それらのいくつかを紐解くとともに、トヨタ生産方式の何がそんなに新しかったのかを探っていきます。

世界の常識を変えた生産管理技術「トヨタ生産方式」

▲GRファクトリー開所式に登場した豊田章男社長(左から3人目) GRファクトリーはトヨタがモータースポーツで求められる高精度のクルマ作りを目指した最新の工場 右のクルマは社長が徹底的に走り込んだGRヤリス リアフェンダーの飛び石の傷がその走り込みを想像させる
▲GRファクトリー開所式に登場した豊田章男社長(左から3人目) GRファクトリーはトヨタがモータースポーツで求められる高精度のクルマ作りを目指した最新の工場 右のクルマは社長が徹底的に走り込んだGRヤリス リアフェンダーの飛び石の傷がその走り込みを想像させる

 先月号のGRファクトリーの記事を読んでいただいた方は、トヨタの高精度・準量産にかける意気込みがご理解いただけたと思う。「レーシングカーのセッティングレベルを志した精度で量産を行う」。トヨタがGRファクトリーで行っているのは、そういう取り組みだ。

 しかし、それだけのことを突然やろうと思ってもできるものではない。そういう新たな生産システムを積み上げるためには、そもそもの土台がしっかりしていなければならない。

 トヨタすべての土台となるもの。それこそがトヨタ生産方式(TPS=トヨタ・プロダクション・システム)なのだ。

▲最新のGRファクトリーではコンポーネントとシャシーはそれぞれ三次元測定器で精密に測定され、組み立て後も再度測定して確認が行われる 写真は最終アライメント測定前の塗装品質を確認する工程
▲最新のGRファクトリーではコンポーネントとシャシーはそれぞれ三次元測定器で精密に測定され、組み立て後も再度測定して確認が行われる 写真は最終アライメント測定前の塗装品質を確認する工程

 あるトヨタ幹部は筆者にこういった。「トヨタの37万人の従業員の中にも、トヨタ生産方式がよくわかっていない人はいます。けれどもトヨタ生産方式なんてダメだという人はひとりもいないんですよ」。

 歴史的に見れば、日本の自動車メーカーの中にあって、トヨタは田舎の私企業にすぎなかった。行政や財界の意向を受けて国策的に発足した会社と比べれば、地味な存在にすぎなかった。

 そのトヨタが日本一に、いや世界のトップを争う自動車メーカーへと躍進した理由は数々あるだろうが、何かひとつだけ挙げろといわれたら、それはやはりTPSだと思う。

 トヨタ自動車の創業者であり、元トヨタ自動車工業社長の豊田喜一郎氏の指示を受け、ジャストインタイムの理念を体系化して行ったのは、後に副社長になる大野耐一氏である。以後TPSは世界の工業生産管理に大革命を起こした。

▲トヨタ自動車創業者の豊田喜一郎氏はジャストインタイムを提唱した
▲トヨタ自動車創業者の豊田喜一郎氏はジャストインタイムを提唱した

 TPSは、トヨタの根底を成す概念だ。

 だからいまトヨタが取り組んでいるTNGA(トヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャー)も含めて、トヨタのありとあらゆることの基礎にはTPSがある。

 ところがこのTPSは理解しようとすると、とても難しいのだ。今回はTPSとは何かについて、じっくりと考えていきたい。

■シンプルにして深淵

 もし筆者がトヨタ生産方式って要するに何? と聞かれたら、こう答える。

 「売れた分だけ作ること」。

 極めてシンプルだが、それは突き詰めていくとかなり難しい。

 売れた分だけ作るというと、普通は余分に作らないということだと思うだろうが、そんなに簡単ではない。

「売れた分だけ作る」とはすなわち、「不要不急の作業を排除して売れた分は可及的速やかに作る」ことを意味するし、「売れないもの(不良品)は作らない」ことも意味する。

 それはつまり「顧客が求める商品」だけをいますぐ確実に作ることだ。

▲トヨタ生産方式を体系化した元トヨタ自動車工業副社長の大野耐一氏
▲トヨタ生産方式を体系化した元トヨタ自動車工業副社長の大野耐一氏

 それを具体的にどうやるのか?

 TPSは、イメージとしては野球のフォーメーションプレーに近い。ランナー一塁におけるショートゴロのダブルプレーは、テレビで見る限りショートとセカンドとファーストの3人だけでやっているように見えるだろうが、画面の外では、他の6人の選手全員が動いている。

 捕手はファーストのカバーに走るし、サードは三塁に、ライトはセカンドのカバーに、センターはショートの、レフトはサードのカバーに入る。もちろんボールの転がり先によってはフォーメーションが変わる。ランナーのポジションとアウトカウントによって、この順列組み合わせは190種類あると聞く。

 一瞬のことなので、ベンチのサインもない。すべての選手が自分の果たすべき役割をあらかじめ頭に入れておいて、瞬時に状況を判断し、起こり得るミスを予防することも考慮して自律的に動くことで成り立っているのだ。

 TPSが難しいのはそこだ。

 大原則である「売れた分だけ作る」ために何をやるのかと問われると、いきなり膨大な数のフォーメーションのケーススタディになってしまう。

 だから本を買って来て読んで理解したところでTPSは習得できない。

 そこに理念はあるが、理念だけで成立していない。むしろ異様に現実的な仕組み化である。

 チーム全員が実際の現場で体を動かしながら理解し、習熟するしかない。誰かひとりが習熟していないと仕組みに脆弱性が出てしまう。

▲豊田喜一郎氏の父、佐吉氏が作った自動織機は糸切断時の自働停止を装備 考え方はニンベンのつく自働化としてTPSに受け継がれた
▲豊田喜一郎氏の父、佐吉氏が作った自動織機は糸切断時の自働停止を装備 考え方はニンベンのつく自働化としてTPSに受け継がれた

■管理をしない管理手法

 そうした無数の仕組み化の中には、もちろん有名なものもある。

 たとえば「カンバン方式」だ。ひとまず2つの工程を思い浮かべてほしい。前工程と後工程だ。最終的に顧客に必要なだけ製品を作るためには、よりゴールに近い後工程が生産量をリードするしかない。後ろのペースに前が合わせる。これが逆になるとまずい。

 前工程がリードすると必ず「計画生産」になる。計画生産は「作る側の都合」だ。作る側の都合でできた製品を売り捌くことになり、売り捌こうとすれば、顧客が必ずしもほしがっていない製品を売らなければならない。

 極端な値引きをして無理やり売ったり、売れるまで待とうとすれば在庫を大量に抱えたりする。在庫は仕入れた部品の集合体だから、それ自体がお金だ。それを眠らせているということは資本回転率がどうしても悪化する。資本回転率が悪化すれば、原価が高くなり、最終的に競争に負ける。

(中編へつづく)

【本稿はカー・アンド・ドライバー本誌2021年1月号掲載分をウェブ用に加筆修正したものです】

著者:池田直渡(いけだなおと)●1965年神奈川県生まれ。1988年ネコ・パブリッシング入社。2006年にビジネスニュースサイト編集長に就任。2008年に独立後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行うほか、YouTubeチャンネル「全部クルマのハナシ」を運営。コメント欄やSNSなどで見かけた気に入った質問には、noteで回答も行っている

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