【モータースポーツ特集2025】観る、操る、そして競い合う、⼈とマシンによる“スポーツ”/世界選手権

観る、操る、そして競い合う、⼈とマシンによる“スポーツ”
スピードを追求する本能を刺激する、究極のエンターテインメント

 スポーツといえば、人間が体を動かすことを基本とした競技、娯楽と捉えるのが一般的である。

 そのスポーツに、モーター、つまり自動車の要素を掛け合わせたのがモータースポーツだ。モータースポーツは、人間と自動車を組み合わせることにより、一般的なスポーツとは比べものにならないくらい多彩な楽しみ方ができるようになった。

写真は1985年に開催されたパリ〜ボルドー〜パリの自動車レースに優勝したパナール・ルバッソール。約1180㎞の道のりをスタートから48時間以上かけて戻って来ている

 けれども、あまりに多彩すぎて、複雑な様相を呈しているのも事実。たとえば、長年モータースポーツに接してきた私は「自分はモータースポーツ初心者なので、まだよくわかりません」という言葉をよく聞く。

 その気持ちはわからないではない。だがモータースポーツも他のスポーツも同様である。楽しむうえで「ルールを隅々まで理解していること」は必須条件ではない。実際、私の知り合いでも、規則や背景を知らないまま、サーキットの雰囲気を存分に楽しんでいる方が少なからずいる。だから、モータースポーツ初心者を自認していても「自分は知識がない」と思わずに、まずは目の前で起きていることを素直に楽しむところから始めてはいかがだろうか。

1931年のミッレ・ミリアに出場したメルセデス・ベンツSSKL。ドライバーはメルセデスのレース活動を支えた名手R・カラチオラ選手。車両周囲の観客がスーツを着用している点に注目

 さて、そんなふうにしてモータースポーツの面白さを感覚的に捉えられるようになると、「あれ、いまのは何だったの?」とか「前回と今回で様子がまったく変わったのはなぜ?」などと疑問を抱くようになるはず。そのとき、初めて立ち止まり、規則や歴史に触れても、決して遅すぎるということはない。

 モータースポーツは前述のように人間と自動車が組み合わさってできたスポーツである。したがって、規則にしても歴史にしても、人間重視の視点で捉えることも、自動車重視で捉えることもできる。ちなみにモータースポーツの規則は一般に競技規則(スポーティング・レギュレーション)と車両規則(テクニカル・レギュレーション)の2つで構成されている。前者は人間重視の規則、後者は自動車重視の規則と説明できる。もっとも、どちらも実物は六法全集並みに解読が難しい。ネットや専門誌に掲載されている解説書やガイドを参考にするのが理解の早道だ。

今年のF1日本GPを観戦に訪れたファン。かなり手の込んだF1マシンを着用する応援すたいるは周囲の視線を集めていた。フェスティバルを楽しむ遊び心が伝わってくる

 歴史も同様である。人間重視と自動車重視という2つの視点から振り返ることができる。

 人間重視でいえば、ひとりのドライバーがどこで生まれ、どんな経験を積んで現在のチームに在籍することになったかを調べると楽しい。さらにいえば、同世代のライバルやこれまでのチームメイトについても学んでおくと、観戦時の楽しみが深まる。

ホンダはF1GP参戦を“走る実験室”と位置付けて、厳しい環境で開発することで技術力を磨く姿勢をアピールした。写真は1968年/マシンはRA301/ドライバーはJ・サーティス選手

 自動車重視でいえば、応援している自動車メーカーやチームがこれまでどんなカテゴリーに挑み、どんな成績を収めてきたかを知るのが興味深い。自動車メーカーであれば、どんな技術を得意としていて、どんなスタイル(短期決戦型か、細く長く戦い続けるタイプか)で各カテゴリーに挑んできたかに特徴がある。この点を学ぶことは、モータースポーツの奥深さを知るひとつの楽しみとなるはずだ。

⾃動⾞の発明からほどなくモータースポーツは誕⽣し
古くから続くレースは「季節の⾵物詩」として愛されてきた

 では、モータースポーツはいかにして始まったのか?

 史上、最初の自動車競技は1894年に開催されたパリ〜ルーアンだったとされる。いいわゆるエンジンを積んだ最初の自動車、パテント・モトールバーゲンが誕生したのが1885年だったので、そのわずか4年後には競技としてのモータースポーツが始まったことになる。その意味では、自動車とモータースポーツの歴史は切っても切れない関係にある。

1894年6月22日に開催されたパリ〜ルーアン間の自動車競走に出場した車両を描いたもの。馬車を引く馬はクルマに驚き、犬は吠え掛かろうとしている

 このパリ・ルーアンが自動車に対する人々の関心を高め、その実用性を実証するのが目的だったように、初期のモータースポーツは主に自動車の耐久性や高速性能を証明する舞台として発展を遂げた。現在まで続く最古のモータースポーツとして知られるインディ500(初開催は1911年、明治44年)、そして昨年100周年を迎えたル・マン24時間などが、いわゆる高速サーキットを長時間走行するイベントとして開催されてきたのは、これが最大の理由だった。自動車メーカーは、競技への参加を通じ、製品の高速性能や耐久性を改善していった。モータースポーツが「走る実験室」と呼ばれる所以である。

写真は2022年のWEC第3戦富士ル・マン24時間に出場するトヨタ8号車を取り囲むファンやマスコミ、チームクルーなど。大勢の人が集まっているが混乱していないのは歴史のなせるわざ

 そうした長い伝統を誇るモータースポーツ・イベントが、いつしか人々の暮らしに溶け込んでいったことはある意味で当然だった。インディ500は5月の最終週、ル・マン24時間は夏至(夜が短い)に近い6月中旬、初のF1レースとされるイギリスGPはイギリスで最も気候のいい7月上旬(1950年の第1回は5月の開催)といった具合に日程が固定化された結果、レースは地元の人々にとって「季節の風物詩」となり、まるで日本の夏祭りのように、とりたててモータースポーツ自体に関心がなくともサーキットに出かけるのが年中行事となった。

2024年のモナコGPは例年どおり多くの観客が見守る中で開催された。豪華ヨットからの観戦などはこの大会ならではの光景。世界3大レースといわれる格式と伝統のある戦いだ

 また、そうしたイベントでは、観客がキャンプやピクニックをしながら日がな一日を過ごすことも、欧米におけるモータースポーツの楽しみ方を象徴しているように思える。

 同じような楽しみ方が、富士24時間レースを筆頭とする日本のモータースポーツ・シーンでも見られるようになったことはうれしい限りだ。

フォーミュラEはBEVの可能性を追求する新しいモータースポーツ。エンジンの轟音が聞こえて来ない市街地トラックでの観戦はファンに新しいレース体験を提供している

 ちなみに、スポーツの語源はラテン語の「deportare」である。この言葉には「生活から離れること」から始まって「気晴らしをする」「楽しむ」「遊ぶ」といった意味が込められている。しかも、「deportare」は「de」が「離れて」、そして「portare」が「運ぶ」を指していたというのだから、モータースポーツとスポーツはもともと切っても切れない関係だったといえる。

 

ロードスター・カップは富士スピードウェイで開催するワンメイクレース。初代モデルから最新モデルまで全世代のロードスターが参加できる。改造クラスもあるが、ナンバー付き車両で競う

 

世界トップカテゴリーの戦いは多くのファンを魅了
技術とテクニック、そしてヒューマンドラマが渦巻いている

 いまでこそ「世界最高峰のモータースポーツ」として揺るぎないポジションを手にしたF1グランプリだが、1950年代から1960年代にかけては、現在の世界耐久選手権(WEC)につながるスポーツカーレースのほうが人気を博していた。

 それを覆したのは、かつてブラバムF1チームのオーナーで、F1製造者協会(FOCA)会長を務めたバーニー・エクレストンだった。彼はF1チームを代表してイベント主催者と交渉。テレビ放映権料の分配金などについてチーム側の権利を主張するとともに、世界のどの国を訪れても高いイベント・クオリティが保たれるように尽力した。現在のような一大帝国を築き上げたのである。

2024年の日本GPで角田裕毅選手は多くのファンから温かく迎えられた。角田選手は6月の段階で2025年も現在のVISAキャッシュアップRB・F1チームに残留することが発表されている

 F1は、こうして手に入れた潤沢な予算を背景にして、チームがドライバーに支払う契約金やマシン開発に投じる予算が高額化。結果的にドライバーとマシンの両面で他のシリーズを圧倒する環境が整った。これがさらなる資金の流入を呼び込み競技の緊迫感と華やかさを高める好循環を生み出していった。

日本GPで声援を送るファンはコスプレ系が珍しくない。こうした応援スタイルは日本文化の一端として海外のファンに“カワイイ”の文脈で伝播していくかもしれない

 では、F1マシンの技術的優位性は、どのようにして実現されているのか?  F1のFはFormula、つまりクルマの形式を定めている。そのまま捉えれば開発の余地はあまりないように思える。しかし、事細かに定められているのはパワートレーン関連が主で、それ以外のエアロダイナミクスやシャシー回りには工夫を施す余地が数多く残されている。

 そして細かに仕様が定められているパワートレーンにしても、ハイブリッドシステムはMGU-KとMGU-Hの2段構えという、極めて複雑で高度なシステムが採用されているのが特徴だ。

 このうちMGU-Kは量産車のハイブリッドと同じで、減速時には車両が持つ慣性力を電気エネルギーに置き換えるもの。一方のMGU-Hは排ガスのエネルギーをターボチャージャーの排気タービンで受け止め、その回転力を電気エネルギーに変換するという極めて特殊な技術だ。しかも、MGU-Hで回生できるエネルギー量には上限が設けられていない。このため、ここで回収するエネルギー量が勝敗を分けるほど大きな効力を有する。

 ただし、2026年から実施される新レギュレーションではMGU-Hが禁じられ、MGU-Kだけになる。とはいえモーター出力や許容される回生エネルギー量が大幅に上乗せされるため、エンジンとモーターの出力比は現状の8対2から5対5になり、電動比率はむしろ格段に高まることになる。

耐久選手権のWECは、F1と違いメーカーが主役
「走る実験室」という伝統を現在でも継承

 これほど高度な技術をマシンに用いているF1グランプリだが、もっとも栄誉がある賞典はドライバーズ選手権だ。チームに与えられるコンストラクターズ選手権はその次。さらにいえば、複雑なパワーユニットを開発・生産する自動車メーカーには何の栄冠も与えられない。この点は、F1グランプリの位置づけをよく物語っているといえる。

2023年に富士スピードウェイで開催されたWEC第6戦・富士6時間はトヨタ・ガズー・レーシングのGR010ハイブリッドが1〜2フィニッシュを決めた。優勝はM・コンウェイ/小林可夢偉/J-M・ロペス選手組。最近の耐久レースは高いスプリント性能を発揮しないと勝利が難しい

 国際自動車連盟(FIA)が定める世界選手権の中で、F1グランプリに次ぐ知名度を誇っているのはWECだろう。毎年20万人以上を集めるル・マン24時間を軸とし、世界中の耐久レースを転戦する。

 耐久レースは、総論で述べたとおり、自動車メーカーの“走る実験室”と位置付けられる。このため、主役となるのは自動車メーカーであり、最も栄誉ある賞典は自動車メーカーに贈られるマニュファクチュアラーズ選手権になる。マシンとドライバーの主従関係が、F1とは正反対になっているのだ。自動車メーカーの戦いであるWECは、さまざまなパワートレーンを受け入れる素地がある。かつてマツダのロータリーエンジンが優勝したり、一時はディーゼルエンジン車の戦いが繰り広げられていた。ハイブリッド・パワートレーンを受け入れた時期も早く、この傾向は現在も続いている。

 なお、自動車メーカーがプライドをかけて戦うのは通常、最高峰カテゴリー(現在はハイパーカー・クラス)だが、これに加えて量産車に近いマシンで競い合うGTクラスが用意されている。しかも、こちらはプロドライバーだけでなくジェントルマンドライバーにも門戸を開いている点もWECならではだ。

2023年のWRC日本ラウンドの様子。一般道を移動するWRCマシンのすぐそばで声援を送るファン

 同じFIAの世界選手権でありながら、主戦場がサーキットではなく一般道となる唯一のカテゴリーが世界ラリー選手権(WRC)。もっとも、一般道といっても未舗装路だけでなく、舗装路やときにはクローズドコースを走る場合もある。このため、WRCを戦うマシンは、サスペンションのセッティングを大幅に変更できる設計とされているほか、駆動系にフルタイム4WDを採用。さらにいえば、次々と迫り来るコーナーや刻々と変化する路面コンディションをドライバーに伝えるため、コドライバーが同乗する。

 1台ずつが順に走行して速さを競うタイムトライアル形式となることも、一般的なサーキットレースとは根本的に異なる。また、量産されるコンパクトカーをベースとした競技車を用いる関係か、ほかの世界選手権以上に観客の平均年齢が若いとされる点もWRCの特徴だろう。

インディ500は世界3大レースのひとつ。30万人ともいわれる観客が見守る中、2024年はジョセフ・ガーデン選手が勝利を納めた

 最後にインディカーはアメリカ生まれのフォーミュラカー・シリーズ。アメリカ国内ではインディカーよりも量産車に近いスタイルをしたNASCARのほうが人気は高いが、日本で馴染みが深いインディカー・シリーズについてご紹介しよう。

 インディカー・シリーズはインディ500を起源としており、その舞台となるインディアナポリス・モーター・スピードウェイは全長が2.5マイル(約4㎞)と異例に長いオーバルコース。このため予選では最高速度が380㎞/hに迫るほど超高速域での戦いとなる。しかも、インディ500は500マイル=約800㎞をひとりで走りきるという耐久レース的な要素も含んでいる。インディ500は決勝日だけでおよそ30万人の観客を集める。賞金も高額で、2024年の勝者、ジョセフ・ガーデン選手には合計428万8000㌦(約6億7000万円)が贈られた。

 こうしてみてくると、同じ国際格式のレースでも競技のスタイルが大きく異なっていることに気づく。あなたがいちばん声援を送りたくなるレースカテゴリーは、どれだろうか?

PHOTO/YOKOTA KOUJIRO+ISHIDA TORU+Red Bull+TOYOTA GAZOO Racing+Mercedes-Benz+INDY

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