彫鍛金の技法を基本にスクラッチモデルを作る/高梨廣孝さんの好きな作品・代表作

現代的テーマで表現する“超絶技巧” 彫金・鍛金で創り上げるスクラッチ・モデル

作品①『Indian Chief 1948』フルスクラッチモデル/銅板、真鍮、洋白、アルミ合金 9分の1スケール 制作:2015年

 現代的テーマで表現する“超絶技巧” 彫金・鍛金で創り上げるスクラッチ・モデル “超絶技巧”と称される日本の伝統工芸品のなかに、「自在置物」があります。金属製なのに、胴体が滑らかに動く蛇、関節のひとつひとつが本物のように動く昆虫や動物など、驚くほど精緻な美術作品です。伝統的な金属工芸の技術を受けつぐ彫金や鍛金の技法で、スクラッチ・モデルに取り組む高梨廣孝さん。1本のネジから自作するという9分の1サイズのバイクは、ため息がでるほど美しく、いまにも動き出しそうな存在感です。

 作品①は、『Indian Chief 1948』です。アメリカ製モーターサイクルの代名詞ともいえるハーレーダビッドソンと並んで、戦前から戦後初期のモーターサイクルの世界に君臨したのが、インディアン・モトサイクル・マニュファクチャリングです。

 なかでも、1940年代のChiefは、スカートフェンダーをまとった華麗なフォルムで、インディアンらしさを強くアピールしていました。いつかこのモデルを制作したいと思いながら、シリンダーヘッドの冷却フィンとスカートフェンダー制作の難しさに二の足を踏んでいました。  2014年、いつも資料提供を受けているアメリカ車のレストアショップから「1948年製のChiefが入庫したので取材に来ませんか」と誘いを受けました。

 この誘いを契機にして、二十数年間に50台近いスクラッチ・モデルを制作して得た自信をもとに、2015年に「1948年製Chief」の制作に着手しました。

 ボクの制作手法は、日本の伝統的な彫鍛金の技法が基本になっています。その技法を基にしても、このChiefの制作には相当苦戦しました。

 一般的に、バイクのフレームはパイプを曲げて溶接しています。ところが、実車を取材してわかったのですが、Indian Chiefはパイプを曲げる代わりにコーナー部品を鋳物で作成し、そこにストレートパイプを差し込んだ構成でした。この鋳物部品を彫鍛金技法で制作するのに意外と手こずりました。また、フロントフェンダーに羽飾りを付けた族長のマスコットが鎮座していて、この制作にも時間がかかりました。

 素材そのままのモデルも見ていただきたくて、2台制作しました。クロームメッキパーツを多用したChiefは、豪華な仕上がりとなり、堂々とした存在感を放っています。         *     *     *

 実車を忠実に再現することを目指して制作してきたスクラッチ・モデル作りの中で、転換を試みたのが作品②『YAMAHA SRX600 1985』です。

作品②-1『YAMAHA SRX 1985』フルスクラッチモデル/銅板、真鍮、洋白、ステンレス、発泡ウレタンブロック 9分の1スケール 制作:2024年(写真下)
作品②-2『YAMAHA SRX 1985 Art』フルスクラッチモデル/銅板、洋白、ステンレス、ブライヤー(銘木) 9分の1スケール 制作:2024年(写真上)

 シルバーのタンクは、実車を忠実に再現した作品。そして、木製のタンクは、ミニチュアならではのクリエイティビティにチャレンジして制作した作品です。

 日本で江戸時代に流行した“根付”という細工物の留め具があります。巾着や印籠などの紐を帯にはさんで下げる際に、紐の先にとりつける、いわばストッパーです。根付の名品は、動植物をリアルに表現しながら、銘木、象牙、貴金属などを使ってミニチュアの魅力を表現しており、いまは世界中で“Netsuke”と呼ばれ、美術品としてコレクションされています。

 この手法をスクラッチ・モデルに応用して、バイクのタンクやサイドカバーに、パイプでお馴染みの銘木、ブライヤーを使ってみました。

 形状はそのまま踏襲して、銘木を使ったことで、豪華で温かみのあるバイクに変貌したと自負しています。このモデルを、『YAMAHA SRX 1985 ART』と命名しました。         *     *     *

 ボクは、これまで彫鍛金の技術を使って、モーターサイクルのスクラッチ・モデルを制作してきました。あまり知られていないこの技法について、詳細に解説した本を出版することになりました。タイトルは、『伝統工芸 彫鍛金の創造 力―スクラッチ・モデルという表現』(高梨廣孝著、飯塚書店より3月末発売予定)。豊富な写真(323点)とともに、「日本の伝統的な彫鍛金技術とは何か」、「使う道具の特徴」、「金属、皮革、木材などの素材の使い方」に触れながら、それらの技法がどのようにスクラッチ・モデルの制作に生かされているのか、などを解説しました。

 ともすると大人のホビーと見られがちなスクラッチ・モデルが、工芸アートであることをもっと認知していただけたらうれしい
です。

たかなしひろたか/1941年、千葉県出身。東京藝術大学金属工芸科卒業。ヤマハデザイン研究所所長、静岡文化芸術大学教授などを歴任。1991年から開催しているミニチュアモデル展が毎回好評を博す。2019年、銀座和光において「高梨廣孝・安藤俊彦二人展」開催。著書『Start from scratch』出版。道具学会理事。CCCJ(THE CLASSIC CAR CLUB OF JAPAN)会員。AAFオートモビル・アート連盟会員。千葉県在住

インタビュアー/山内トモコ

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