【進化し続けるGR】モータースポーツの知見を活かして開発し、徹底的に走り込む。それが「GRのクルマづくり」

GR86は初代に続きスバルと共同開発。基本コンポーネンツはBRZと共通だが、走り味は別物。GR86はFRスポーツならではの“操る楽しさ”を追求。デビュー後も積極的なリファインを実施している

GR86は初代に続きスバルと共同開発。基本コンポーネンツはBRZと共通だが、走り味は別物。GR86はFRスポーツならではの“操る楽しさ”を追求。デビュー後も積極的なリファインを実施している

クルマ屋でありレース屋。それぞれの強みを活かし、一体で本物を目指す

 2017年に発足した「GRカンパニー」。その役目はマニュファクチャー(製造業)であると同時に、ワークスチームとしてモータースポーツ参戦を行う「レース屋」である。モータースポーツ活動をPRの場ではなく、開発の場として位置付けている。各カテゴリーにエンジニアやメカニック、そしてドライバーまで送り込み、そこで得たノウハウや知見、人材を量産車開発に直接的に投下している。GRは、モータースポーツを“技術開発の場”として活用するシステムを構築した。

 スポーツカーをGRブランドの専用モデルとして復活させたのは豊田章男氏である。「豊田氏の肝入りプロジェクトだから、採算度外視なんじゃないの?」と勘ぐる人もいるが、経営者の豊田氏はそんなに甘くない。

GR86

スープラ

 ご存じのように2012年に登場した86(現行モデルはGR86)はスバル、2019年に登場したGRスープラはBMWと共同開発されたモデルである。トヨタほどの規模であれば単独でスポーツカーを開発する費用を捻出するのは難しくないはず。だが、豊田氏はそれをしなかった。なぜか?

 答えは、社会情勢や景気に左右されないスポーツカービジネスを行うためだ。
 一度消滅させたスポーツカーを復活させることがいかに大変かを、身を持って経験してきたトヨタだからこそ、いままでとは異なるアプローチが必要だった。豊田氏は「GRスープラと86、どちらも“社長”として、すべての工数を割く決断ができなかった。ただ、仕上がった2台に乗ると、ともに『トヨタの味』に仕上がっているのは素直にうれしい」と語る。

GRヤリスは“スポーツ4WD技術”の習得も命題

 GRヤリスは、トヨタ独自で開発されたモデルである。「市場規模が小さいスポーツカーを継続させる」という意味ではGRスープラ/GR86と志はまったく変わらないが、GRヤリスには1999年にセリカGT-FOURが生産終了して以降、失っていたスポーツ4WDの技術/技能を取り戻すミッションがあった。そのためには苦労をしてでも自分たちの手を使ってトライをする必要があったそうだ。

GRヤリス01

 開発の陣頭指揮を取った齋藤尚彦氏は語る。「われわれにとって、このクルマは1999年で生産終了したセリカGT-FOUR以来20年ぶりの復活となる『スポーツ4WD』です。トヨタにとって非常に重要なミッションを任されたものの、開発では産みの苦しみを嫌というほど味わいました」と当時を振り返る。

 実はGRヤリスの企画がスタートした時、トヨタにはスポーツ4WDの“技術”と“技能”が完全に失われていた。厳密にいうと、セリカGT-FOUR開発時の記録は存在したが、その内容を理解する人はひとりも存在しなかったそうだ。この失われたこの20年をどのように取り戻したのか?

 齋藤氏は「モータースポーツから学ぶ開発を選択しています。強いクルマ作りはWRカーの開発を行うTMR(トミ・マキネン・レーシング)から、市販車では考えられない評価はレーシングドライバー/ラリードライバーから学びました」と振り返る。

 GRヤリスは、2020年の正式発売以降も開発の手をいっさい休めていない。レースやラリー、ダ―トラ、ジムカーナをはじめとするさまざまなモータースポーツシーンを活用しながら、極限の状態で“壊しては直し”を行い鍛えられた。

GRヤリス02

「ラインオフ式の時、モリゾウ(=豊田氏)に呼ばれて『これはゴールではなくスタートだからね』といわれました。確かに発売時に『チューニングやモータースポーツに存分活用してください』とアピールしたのですが、その裏では何もできていませんでした。そこに真摯に向き合うことこそが、モリゾウの語る『モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくり』の近道なんだと実感しました」
 そのトライが、2022年に限定500台で発売されたフルチューニング仕様の“GRMNヤリス”や既存車へのアップデートプログラム/パーソナライズだ。2024年に登場した“進化型GRヤリス”はその集大成といってもいい。

GRカローラ

 2022年にはGRカローラが登場したが、開発はGRヤリスと同じ手法が用いられた。
 2021年からスーパー耐久シリーズのST-Qクラスで水素エンジン搭載のカローラスポーツが参戦を始めたが、実は発売前のGRカローラの開発も並行して進められていた。

 約1年にわたって極限状態でパワートレーン/シャシーをはじめとするさまざまな検証・評価を通常の開発を超えるスピードでアジャイルに進めたことで、量産車のレベルが格段に上がったという。まさにGRが提唱する「モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくり」がリアルに進められたのだ。

カローラクロス

 その一方で既存モデルをベースにGRの技術やエッセンスを注入した“GRスポーツ”もラインアップ。いわゆるGRの裾野を支えるモデルだが、志は前出のスポーツカーと同様である。セットアップはスポーツカーを担当した開発ドライバーが担当している。

 かつてはベース車のボディに大掛かりな補強が必要だった。しかし最新モデルは必要以上に車体に手を入れずにチューニングで済ませている。これは手抜きや本気度が足りないのではない。トヨタのクルマづくりの構造改革、TNGAと、成瀬氏と豊田氏が2007年に元祖GAZOO Racingを立ち上げた当時からこだわってきた“味づくり”の成果で、“手を入れる必要がなくなった”のである。

 GRスポーツのラインアップは増加中だ。先日世界初公開された6代目RAV4に続いてカローラクロスにも設定された。販売力の高いモデルへの設定によって、筆者はGRブランドの“民主化”がより広がっていく、と予想している。

GRファクトリーの秘密、教えます

 世界中に高性能なモデルを生産しているメーカーは多い。だがGRファクトリーほど、目指す性能を極限まで量産車に反映している例はない。見学は驚きの連続だった。たとえば、部品の最適な組み合わせの徹底。足回りの組み付けなどでは、公差が生じる部品の個別データと解析システムを基に、公差を補う最適な組み合わせで部品が選ばれる。結果的に設計値に極めて近い状態で組み上がる。また、実走状態に近いアライメントをはじめとした各種測定チェックも圧巻。精度の高さは、まさにスペシャルな域に達している。それを量産状態のクルマで実施しているのだから恐れ入る。最終チェックで、本来のパフォーマンスを発揮しているか入念に検査している点も印象深かった。

ファクトリー01

 トヨタらしい点は、改善点をつねに洗い出す体制を取っていること。だからこそ、生産するすべての車両が安定して高性能を発揮するのだ。クルマは超高度な工業製品である。その中でもGRファクトリーが生み出すモデルは別格。すべて入念に、そして理論的に考えられ、“いいクルマづくり”に帰結している。

 モータースポーツに親しんでいる身からすると、競技用のスペシャルな1台と同じきめ細やかな配慮と精度で、量産車を作っていると感じた。GRファクトリーは、世界のクルマ好きが夢見た理想のスポーツカー工房といっていいだろう。トヨタのものづくりの懐の深さ、真髄を感じた時間だった。(文:西川昇吾)

ファクトリー02

SNSでフォローする