語り手/加藤 新 さん
ニコル・レーシング・ジャパン合同会社 サービス本部 エンジニアリング部 部長
かとうあらた/1998年の入社以来、アルピナ一筋のスペシャリスト。大学時代は自動車部に在籍。ドライビングテクニックにこだわりあり。最も心惹かれるアルピナは、セオリーどおりのFRドライビングが存分に楽しめるB10 3.3 5MT(左ハンドル)という
聞き手/九島辰也さん
モータージャーナリスト
くしま たつや/アルピナはもちろんBMW M、メルセデスAMGなど世界中のスペシャルモデルに精通するモータージャーナリストにして生粋のカーガイ。
九島辰也さん(以下、九島) アルピナは2025年末に商標権をBMWに譲渡する方針が決定しています。間もなく独立メーカーとしてのアルピナは終了するわけですが、まずは近年を振り返ってアルピナがどのように活動してきたのかを教えてください。
加藤 新さん(以下、加藤) アルピナは、ちょうど2年前に、創業者のブルカルト氏が亡くなりました。その数年前から息子さんのアンドレアス氏にバトンタッチしています。その影響でしょうか、主力のB3でいうと、現行のG20型や先代のF30型はもちろん、その前のE90型あたりから、走りに振ったセッティングになったと感じています。彼自身、ツーリングカーレースで走っていた経験があり、ダイナミック性能にすごくこだわりを持っています。2000年前半のE46あたりの時代は、いま考えると、ちょっとコンフォートに振りすぎていたのかもしれません。以前のモデルと比べるとソフト路線になっていました。それはブルカルトさんがお年を召した影響かな、とも考えていたのです。あの時代はダンパーの減衰力あたりもかなり落としていました。全開でいくより、80%程度に抑えるとすべてがバランスする、そんな印象がありました。ただしこのセッティングのほうが日常走行ではちょうどいいのは確かなのですが……。
アンドレアスさんの時代になって、以前以上に走りとコンフォートの両立を目指すようになった、と感じています。従来のコンフォート性をキープしながら、2〜3割、走りの性能を引き上げたのが最近のモデル。昔のアルピナを知るマニアの方からは、「かつてのアルピナはコンフォートを追求したクルマではなく、走り優先だった」という声を聞きます。そういう意味では、最新モデルは、初期の走りと、中間期のコンフォートの両方をバランスさせた集大成だと感じています。それが最終期、つまり最新のアルピナです。
九島 最近は背の高いSUVモデル、XD3、XD4、XD7なども手掛けていらっしゃいますが、アルピナにとってSUVはどんな存在でしょうか?
加藤 アルピナ・ブランドで発売したSUVはXD3が初めてでしたが、実はアルピナはSUVを昔から手掛けています。これは公然の秘密なのですが、初代X5(E53)に4.6ℓ・V8を搭載したiSはアルピナが仕上げたモデルです。もともとはアルピナとしてリリースする予定だったのですが、その時代は、まだSUVとアルピナはイメージ的に結びつかない、と判断されBMWのモデルとして発売したという経緯があります。iSのエンジンは当時のE39のB10と共通です。そういった意味ではアルピナはSUVに経験があった。X5 iSはV8でしかも大柄。それに対しF25のXD3はコンパクトでエンジンも直6なので、チューニングは楽だったかもしれません。
九島 アルピナ最終年となる2025年は何か計画していらっしゃいますか。
加藤 モデルのリリースはB3 GTとB4 GTで終了です。この2台がアルピナ最終モデルとなります。B8 GTもその前に発表したのですが、これは世界99台の限定車。日本市場用に30台の枠をもらいましたが一日で完売してしまいました。現在、オーダーいただけるのはB3 GT、B4 GT、D3 S、D4 S、XB7 マヌファクトゥーアの5モデルになります。ちなみに今年はアルピナ創立60周年になります。ドイツで9月にイベントが開催されると聞いています。
九島 来年以降はどのようになるのでしょうか?
加藤 正式な発表は今年の後半になりますが、いままで販売したクルマのサポートをきちんと行います。部品の供給も同様です。そしてレストアにも対応していく予定です。アルピナ本社(社名は現在のアルピナ・ブルカルト・ボーフェンジーペンからブルカルト・ボーフェンジーペンに変更)は、新しいモビリティを開発しリリースする予定です。いままでのノウハウを傾注したモデルになると期待しています。
九島 ところで日本でアルピナの人気がこれほど高いのはなぜなのでしょうか?
加藤 アルピナの控えめな点が日本人の琴線に触れたと考えています。乗り味が繊細で素晴らしいクルマなのに、必要以上に自己主張しない、その点が評価されている気がします。アルピナはイギリスでも人気がありますが、イギリスも日本と同様の価値観を持っていますよね。
九島 アルピナは、医師や弁護士が乗っているイメージがあります。
加藤 確かにお医者様は多いですね。またアルピナは他ブランドと比べ保有期間が長い傾向にあります。しかも快適で普段使いができるモデルなので、自然と走行距離が伸びる。スペシャルな存在ですが実用的なクルマでもあります。個人的にも、これだけのコンフォート性を持ちながら、リニアな反応を示すクルマはアルピナ以外にないと思います。アルピナの走りの正確性は見事です。今後もアルピナとボーフェンジーペン社に注目していただけるとうれしいですね。
アルピナ世田谷ショールーム/アルピナ各車は全国のBMW正規ディーラーで購入可能。メンテナンスなども標準BMWと同様に受けられるため安心感が高い。購入前に実車を確認するには、アルピナの日本総代理店であるニコル・オートモビルズが運営するアルピナ世田谷ショールーム(東京都世田谷区中町1-1-1)が最適。明るい店内はアルピナの世界観を表現。取材時はB3 GT/B4 GT/XB7が展示されていた。ショールームは青山(東京都港区赤坂7-1-15)にも開設している。