ポルシェ911ターボ50イヤーズ/価格:8DCT 3642万円。911シリーズのターボは1974年、930ターボとして誕生。50イヤーズは2024年に登場した50周年記念モデル。生産台数は世界1974台限定
911ターボは生まれながらにして生粋のGTだった。筆者と同世代のクルマ好きをいまなお虜にしてやまない理由を探っていくと、漫画『サーキットの狼』で描かれた初代930ターボの高速性能へとたどり着く。扱いやすく、乗り心地は快適で、しかも圧倒的に速い(耐久レースの王者でもあった)。人と荷物を速く、遠くへ運ぶという自動車のレゾンデートルを思い出すまでもなく、2+2のポルシェターボは時代におけるクルマの頂点に君臨していた。
以来、911ターボは一貫してGTとして進化してきた。4WDシステムを得た993以降、その傾向はさらに強まった。もちろんラグジュアリーであると誤解されがちなGTイメージを払拭すべく、時折スペシャルなRRターボ(GT2など)を作っては批評家たちの悪口を封じ込めてもきた。911シリーズ内での役割分担も進み、アスリート役はノンターボのGT3系にふられ、911ターボといえば、名実ともにスタンダードラインアップの「親分」として振る舞っている。
最新992ターボをじっくり試してみるまでは、そんな物語を訳知り顔で語ってきた。ところが違ったのだ。確かに992ターボは、930ターボの快適性と993ターボの安定性をそれぞれ数十年分増幅させたうえで掛け合わせた上等なGTである。けれども同時に911のリアエンジンレイアウトの弱点を克服した完全なるスポーツカーとしても振る舞うことがわかった。
もはやゴージャスというべきスタイリングに見惚れ、同じく豪華なインテリアに身を収めた瞬間から、「いいドライブ旅行が始まる」、という気分になる。エンジンの目覚めこそ勇ましいが、すぐさま落ち着き、ドライバーが勝手に盛り上がらない限り、とにかく平静を装う。
動き出してもそうだ。スペックを見ただけでたじろぐような凄まじい性能を微塵も感じさせない。ゆっくりと右足に力を込めていけば、ゆっくりと動き出す。タイヤの回転は異様に滑らかで、8速PDKは淡々とギアを上げていく。高いギアでクルージングする限り、獰猛さのかけらも感じることはない。むしろ清々しい。こんな快適なGTをどうして無理やり追い込む必要があるのか……。
ちょっと攻め込んでみようという気になって、走行モードをスポーツ+にして走り出す。即座にGTというには激しすぎる乗り味にどきりとした。完全なスポーツカーなのだ。
前輪は駆動を忘れたかのように自在に動き、それでいて四肢はつねに路面を咥え込んで放さず、後輪操舵のおかげで狙ったラインを攻め続けていられる。電動パワーステアリングの反応は常時リーズナブルで、シャシーコントロールは乗り手の気分の盛り上げ役に徹している。レーシングシフトやスポーツレスポンスなど使うまでもなく、公道では恐ろしく速く、素晴らしく楽しい。GTが一挙に高次元のスポーツカーへと変身してしまった。
GTとスポーツ。どちらが主でどちらが従ではない。ポルシェの凄みは、わずかなサジ加減でその評価をどちらにでも傾けることができるところにこそある。911ターボはその好例である。