【人とクルマの物語】レーシングドライバー 桂伸一氏の勲章。それがアストンマーチン。「いつもニュル24時間レース優勝の興奮が蘇ります!」

桂氏がプライベートカーとしてスポーツカーを購入するのはアストンマーティンが人生初。ヴァンテージSは4.7ℓ・V8(430㎰/50㎏m)を積むFRスポーツ。10数年思い続け、わずか走行6000㎞の車両を2024年に入手した。2ペダルのロボタイズド7速ATはコツを覚えるとスムーズに変速可能という

桂氏がプライベートカーとしてスポーツカーを購入するのはアストンマーティンが人生初。ヴァンテージSは4.7ℓ・V8(430㎰/50㎏m)を積むFRスポーツ。10数年思い続け、わずか走行6000㎞の車両を2024年に入手した。2ペダルのロボタイズド7速ATはコツを覚えるとスムーズに変速可能という

ガレージに居る姿を見るだけで心がときめく。そんな喜びを味わっています

 アストンマーティン・ヴァンテージ・ロードスターの国際試乗会に招かれたのは2007年の6月だった。試乗後の夕食会でクルマのこと、業界のこと、世間話をするのが海外試乗会の通例だ。ひととおり話が終わった折、決心して、当時のアストンマーティンのCEO、Drウルリッヒ・ベッツ氏に、「僕はニュルブルクリンク24時間レースに出場経験があるので、アストンマーティンのワークスチームで乗せてもらえませんか」と話しかけた。

桂さん01

 身のほどしらずもはなはだしい大胆な発言をした!! と瞬間に思った。アストンマーティンが2006年からワークスチームとしてニュル24時間に参戦を開始したことを知ったうえでの話だ。

「ふーん」という感じで他のことを考えるように聞いていたベッツCEO。すぐに同席していた広報部長とモータースポーツの代表に向かって、「こう思っている人は他にもいるかも知れない、“クルマはある”のだから、他国のジャーナリストを集めてチームを考えてみたらどうだ!?」と。

 こちらとしては予想外の展開にえっ、えーっ!! である。
 ここでひとつ大きな教訓、“思ったことは、ダメ元でいってみろ” である。

フロント

in CAR

 それから数カ月後、今度はアストンマーティンの最高峰、DBSの国際試乗会でフランス・トゥーロンに飛ぶ。映画『007カジノロワイヤル』でダニエル・クレイグ演じるジェームズ・ボンドが乗り、横転してグシャグシャになるあのDBSである。

 6リッターV12搭載のクールで優雅で速くて、オトナのスポーツカーのオーラ出しまくりのDBSでトゥーロンの街を行くと、オトコたちはサムアップし、ブロンドはDBSを舐めたままの流し目で乗り手を確認しに来る。アストンマーティンは、格の違うステータスを持つスポーツカーとして確立されている事実を再認識した。

 その試乗会でもDrベッツCEOに「ニュルの件はどうなってますか?」と尋ねると、「ああ、あれは実行する方向ですでに動いているよ!!」という回答。

 ニュル24時間レースにアストンマーティンのワークスチームから出場できるのか!?……夢か、と何度も疑うが、現実にライセンスの種類と番号の照合、レーシングスーツの採寸や過去のレース戦歴を含むプロフィール送付など、参戦の事務手続きが夢ではない証明だった。

ワークスチームでついに参戦。初戦で見事にクラス優勝

 翌年、2008年のニュルブルクリンク24時間レースに、アストンマーティン・ワークスチームからエントリーされた2台のヴァンテージ。1台はDrベッツCEOも参加するアストン開発陣の7号車・黄緑色の愛称ケルミット。そしてもう1台は、ドイツ人アストン・オーナーのオリバー・マタイと、イギリス人モータージャーナリスト&レーサーでいまや有名なF1解説者になっているマシュー・マーシュと筆者が乗る8号車・黄色の愛称ローズだった。

カルセール

桂さん03

チーム

 8号車ローズのリアフェンダーにはそれぞれの国旗に続いて “SHINICHI KATSURA”のネームが並ぶ。大袈裟ではなく、人生こんな展開ってあるんだなぁ!! と夢見心地の有頂天。と同時に本当に始まってしまったことで、プレッシャーは半端なく高まった。ヘマをすればDrベッツCEOの顔に泥を塗る……実際そんなことはないのだが、そんな思い込みから勝手に緊張しまくっていた。

 およそ200台が参加する24時間レースがスタートすると、7号車ケルミットも8号車ローズも激戦の“SP9(ポルシェ、BMW、フォード、レクサス、アストンマーティン……)”クラスの中で揉まれながら順調に周回を重ねていく。アストンマーティンは絶対的なスピードでは劣るがトラブルフリーな点と燃費に優れていたことで健闘。速いマシンはどんどんリードを広げるものの、一度でもトラブルを起こせばバタバタと落ちてきて逆転する。

走り

桂さん04

 夕方から夜、漆黒の深夜を抜け、朝を迎えると何とわれらはSP9クラスの1位2位で走行。安定したラップタイムで周回数を伸ばしている。過去2年の参戦ではアストンは、たいした結果は残せていない。しかし現状はDrベッツCEO組の7号車ケルミットを筆頭に上位をヴァンテージが独占し、このまま行けば……ところが好事魔多し。

 桂の過去のレース人生において、こういう場合に何かが起こるのはたいてい自分だった。が、残り2時間、抜こうとしたMINIクーパーと接触し運悪くタイロッドを破損したのはトップを行く7号車ケルミットだった。自動的にトップに繰り上がった8号車ローズ、つまり桂組はこのまま行けば優勝する。しかしアストンマーティン初優勝は7号車ケルミットのDrベッツ組に取らせるべきか? でチーム内はちょっとした議論になる。迅速にタイロッド交換を済ませ3位で戦列に復帰した7号車。だが彼らにトップの座を譲るには8号車がペースを落とす必要があり、そうすると現状2位のプライベートチームに抜かれてしまう。

 もう俺たちが逃げ切るしかない、とドライバー判断からそのままのペースを維持して、SP9クラス優勝!! とアストンマーティン初優勝を8号車ローズが飾る。

2009年

ラピード

 こうして信頼関係が築けた桂は翌2009年クラス2位、2011年4位、2013年はアストンマーティン創立100周年記念で、世界初の水素燃料とガソリンによるハイブリッド車、ラピードで再びクラス優勝!! 2015年は発売予定のヴァンテージGTのプロトタイプで出場。残念ながらミッショントラブルで初のリタイアとなる。実は2019年の新型ヴァンテージのデビュー時にもオファーはあったのだが、ニュルのライセンスを切らしたとの勘違いから泣く泣くお断りした。だが桂の過去の実績から出場は問題なかったと後から知る。

 自分にとってのアストンマーティンはやはり2006年からのひと世代前のヴァンテージ、あるいはDBSである。結局、現在の愛車であるヴァンテージSに辿り着くまで、諸般の事情から10数年かかった。

 昨年手に入れた2013年のヴァンテージSはアストンのロボタイズド7速AT仕様。変速がスムーズさに欠けると悪名高きミッションだ。だがこれ、操作の仕方で変速はコントロールできる。わずか走行6000㎞のモデルを入手した。

走り

インパネ

 過去、愛車にスポーツカーを持った経験はない。アストンが初めてである。スポーツカーとは、見た瞬間にワクワクさせるオーラを発散する乗り物。わが家に“ローズ”が納まって以来、ガレージのシャッターが開くにつれ、そのノーズが見えるだけでときめく。
「おー、居てくれたか。そこに居てくれるだけでうれしい」という気持ちを生まれて初めて味わっている。

リア

エンジン

エンブレム

【プロフィール】
桂伸一(かつらしんいち)/1959年生まれ、アイルトン・セナと同じB型。幼少期から玩具、ミニカー、スロットカー、ラジコンカー(世界選手権参戦)から実車、レースへとクルマ一筋。自動車雑誌編集者からフリーランスになりライター業とレーサー業で現在に至る

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