
現在の相棒であるSR311型フェアレディ2000は黒沢元治さん(ガンさん)の影響もあり“人生上がりの趣味車”として購入。左ハンドルの北米仕様で横須賀基地の米軍関係者が持ち込んだ車両を入手。掛かりつけのメカニックの手で機関は絶好調。内外装は使い込んだ風情をあえて残している
大学時代に7万円で購入したVWビートルで、私の人生は変わったと思います。そのビートルは社会人になってからも乗っていました。当時、『ベストカー』編集部に入ったばかりの私に「君はどんなクルマに乗っているんだい?」と聞いてくれたのは『間違いだらけのクルマ選び』で時の人になった徳大寺有恒編集顧問でした。ビートルに乗っていると答えると「それはいい選択だ。この職業を続けるんだったら最新のクルマに乗るか、プリミティブなクルマに乗るかだよ」というので、その理由を問うと「最新のクルマは最新技術を教えてくれる、プリミティブなクルマは必要最小限を教えてくれる」からだとおっしゃった。
徳大寺さんととともに私には黒沢元治さんという師匠がいるのですが、揺るぐことのない自動車評論を展開した徳大寺さん、絶対的動的評価の黒沢さんという偉大すぎる2人の巨匠が目の前にいたので、私は生涯、黒子である編集者でいようと決めました。VWビートルは最初のクルマにして私の人生を決めたクルマになりました。
趣味のクルマという意味でいうと、1964年式のホンダS600クーペが最初の1台になります。専門誌の売買欄で入手しました。このクラシックスポーツであちこち出掛けました。楽しかったですね。
ポルシェ356を所有していた会社の上司を乗せて首都高を走っていて「早くシフトアップしろ!」とお叱りを受けたのを覚えています。4速90㎞/hで6000rpmに達するホンダ・ミュージックは、ハイギアードの356オーナーには苦痛でしかなかったようです。
その後、ポルシェ912にも6年ほど乗りました。6気筒エンジンのナロー911は維持費が高く、かといって356はすでに車両価格が高騰していて購入は難しい。そこで両方の要素を持つ912を選びました。4気筒ポルシェはベストバランスでした。下りでは6気筒よりも速かったほどです。しかも4輪ディスクで制動力も抜群、5速ミッションだったので燃費も良好でした。現在では912も価格が高騰してしまいましたが、私は110万円で購入し100万円ほどで売却しました。手放してから人気が上昇したわけです。
現在はSR311型のフェアレディ2000を相棒にしています。このクルマは2022年に手に入れました。私が初めて乗ったフェラーリは、先輩が買ったデイトナ(365GTB4)だったのですが、その先輩はデイトナの前にSR311を愛車にしていました。その頃から“SR311にいつか乗ってみたい”という憧れがあり、60歳を過ぎ、人生上がりのクルマとしてSR311を探し始めました。
かつて黒沢元治(ガンさん)さんのマネージャーをやっていた時期があり、ガンさん自らSR311のレーシングカーを組み立てていたという話を聞いていたのも、SR311に心が引かれた要因です。心情的なSR311への憧れと簡素なメカニズム(プリミティブなクルマ)にして、十分以上な速さを持ち、比較的パーツもあるのが決め手でした。
SR311は1㌧を切る軽いボディに溢れるトルクで走りやすい。ホンダS600やS800のようにエンジンをぶん回して走るクルマも気持ちいいのですが、トシを取ってから乗るには少し辛いかなと。
現在住んでいるところは信号を3つほど通過すると楽しいワインディングが飽きるほど走れるので、街中はズボラ運転、ワインディングではストレス発散のためSRにつきあってもらっています。
掛かり付けのお医者さんは2人ほどいて、ひとりは近くの元レース屋さん。頼もしい先輩です。そしてもうひとりは、福岡から出張サービスしてくれる職人。つい先日も会社にいっている間にクルマを預け、オーダー以上の仕事をして下道で福岡まで帰って行きました。
クルマは、自分自身を写す鏡のような存在だと思います。クルマは私にさまざまなことを教え、多くの人との出会いを演出してくれました。これからも大切にしていきたいと考えています。
【プロフィール】
山本亨(やまもととおる)/1960年生まれ。2浪して5流大学からベストカー編集部に拾われる(約7年)。オートスポーツ編集部/F1速報誌アズエフ創刊(約5年)。その後、黒澤元治氏と会社設立。ベストモータリングを手伝ううちにベストモータリング編集部に移籍、編集長/編集局長(約10年)。ネコパブリッシングに移籍、イベント本部長/編集局長(約5年)。ラジコン技術編集長などを経て(約3年)、2015年株式会社交通タイムス社に移籍、現在に至る
