【人とクルマの物語】音楽家、松任谷正隆氏が「終のクルマ」としてポルシェ911GT3を選んだ理由

松任谷氏は2025年に“終のクルマ”として992-2型のポルシェ911GT3を入手。現在ガレージには25年間所有している初代(996型・前期)と最新、2台のGT3が並ぶ。松任谷氏のGT3はともにMT仕様

松任谷氏は2025年に“終のクルマ”として992-2型のポルシェ911GT3を入手。現在ガレージには25年間所有している初代(996型・前期)と最新、2台のGT3が並ぶ。松任谷氏のGT3はともにMT仕様

クルマ観が変わったのは、アルファスッドとの出会いでした

 これまでの愛車はどのクルマも印象深い存在です。その中で強いて挙げるなら、生まれて初めての愛車ということでカローラ・スプリンターはよく覚えています。

松任谷さん

 ボクが18歳のときに入手したから1969年式ということになります。納車日が決まって、あれほど時間が経つのを遅く感じたことはありませんでした。もちろんMTでクーラーもなし。夏はきっと暑かったのだろうけれど、何の文句もありませんでした。スプリンターでどこへでも行きました。自分が方向音痴であることや、案外パニックになりやすい、ということを知ったのもこのクルマでした。いま乗ると本当に古いクルマなのですが、記憶はボクの中で成長していて、ちっとも古い感じがしていないのが不思議です。

カローラ01

カローラ02

 1980年ごろまでのボクは、たぶん、偉そうなクルマたちが終着点だった気がします。信号なんかで隣に並んだクルマが自分のクルマより高級なクルマだと、うつむいたりするような人間でした。だから自分もエスカレートしていくんだけれど、上には必ず上がいる。どんなにいいクルマを買っても、結局これは終わりのない空しいゲームなんです。

 そんなとき、目に入ったのがアルファロメオ・アルファスッドでした。アルファロメオで一番小さくて安い。しかも壊れる、錆びる、なんていわれて誰も手を出そうとしなかったクルマです。なぜ、そんなクルマに目がいったかといえば、空しいゲームの反動だったといえます。見向きもされないなら、それはそれで楽だし、そんな危なっかしいクルマに乗っている自分は普通ではないと思えるじゃないですか。逆優越感、でしょうか。

Sクラス

アルファスッド

 そんなわけでスッドがやって来た。さすがに血統だけあって、なぜか走りたくて仕方なかった。で、夜な夜な箱根あたりに繰り出すわけです。でも遅いし、タイヤアンダーは出るし、ブレーキはベイパーロックするし、散々な目に遭いました。けれどクルマとのつきあいに血が通ってきたな、とふと気がついた。それからですね、クルマとの関係が変わったのは。あのクルマがなかったら、ボクはいまごろ、どんなカーライフを送っていたかと想像するとゾッとしますね。

 アルファスッド以降、ルノーやプジョー、初代レンジローバーなど“自由なクルマ選び”を楽しんでいます。昨年は“終のクルマ”としてポルシェ911GT3を入手しました。でも、992-2型の911GT3を終のクルマにしたことには大した理由はありません。

996リア

 ボクとポルシェとの関係は、1980年代初めにひょんなことから911SCを手に入れたことからスタートします。その後、カレラ、カレラRSとつながり、25年前に購入し現在も所有する996型GT3(前期型)に至りました。自分ではポルシェ・フリークだと思っていませんし、むしろ自分の元来の血の中にはイタリアのスポーツカーのほうを好む方向性があると信じていたのですが、人生はわからないものです。ボクにとってポルシェは、実用的なスポーツカーという機械ですね。美しすぎす、過剰すぎず、完璧すぎず、妙な情緒を持たずに接することのできる存在です。ちなみに終のクルマという視点でいえば、総合的なことを考えてMTが望ましいことも要因です。そのほうが年寄りには安全だともいえるし(クラッチが踏めなくなったときが免許返納のタイミングだと思っています)、時代的にもMTはますます少数派になるでしょう。

シフト

カット01

カット02

 ちなみにGT3の初代と最新型は、似ているともいえるし、まったく違うともいえます。大雑把にいってスタイルやコンセプト、それに運転しているときにもたらされる一種の高揚感はそっくりです。

 でもエンジンはまるで違う。音も全然違う。サスペンションの動きや操作感も同様です。重厚な初代に対して軽快な最新型、ということになるでしょうか。重箱の隅をつつくような見方をすると、革靴とスニーカーくらいの違いはありそうです。

 まぁ、25年という時間を考えれば当然のことなんですが……。
 ドイツっぽいのは間違いなく初代のほう。最新のGT3はもはやイタリア車のよう、ともいえます。

992 GT3

 クルマとはどのような存在なのかは正直、よくわかりません。自分も変わってきたし、クルマも変わってきた。お話ししたようにクルマとの関係も変わってきた。これからはもっと変わるでしょうね。強いていうなら、自分が死んだ後もクルマがどうなっていくのかだけは見届けたい気分です。

【プロフィール】
松任谷正隆(まつとうやまさたか)/4歳からクラシックピアノを習い始め、14歳の頃にバンド活動を始める。20歳の頃プロのスタジオプレイヤー活動を開始し、バンド“キャラメル・ママ”“ティン・パン・アレイ”を経て、数多くのセッションに参加。その後アレンジャー、プロデューサーとして松任谷由実、松田聖子、ゆず、いきものがかり、JUJUなど多くのアーティストの作品に携わる。日本自動車ジャーナリスト協会に所属し、長年にわたり、『CAR GRAPHIC TV』のキャスターを務める他、「日本カー・オブ・ザ・イヤー」の選考委員でもある

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