
ホンダ・ビートは本格Kカースポーツの先駆けとして1991年5月にデビュー。初代NSXに続くMRレイアウト第2弾だった。カタログでは「走る面白さを最優先させたクルマ」と表現。パワーユニットは自然吸気ながら「MTREC」と呼ぶ3連スロットルと10.0の高圧縮比で、64ps/8000rpmの高回転/高出力を実現。切れ味鋭い走りを披露した。1996年に販売終了
ビートは楽しい。見ていても楽しいし、乗るともっと楽しい。理屈抜きで楽しくつきあえそうだし、そんなつきあい方をしたいと思わせる雰囲気を持っている。
日本車は、小さなクルマでも妙に気負ったところがあったり、理屈っぽいところがあったりする。だからつきあう側としてもつい構えてしまいがちだが、ビートにはそれがない。天真爛漫というか、アッケラカンというか、とにかく気軽にいこうよ、といった感じである。
こうしたある種、ノーテンキなクルマ作り(もちろん、すごくいい意味でいっているので、誤解のないように)は、日本のメーカーが最も不得手とするところだ。そんな意味からも、ビートの出現に拍手を送りたい。
カプチーノが持つある種の重みと厚みには、確かに一般性がある。ビートより多くの人に馴染みやすいと思う。だがすべてが 「毎日が春」といったビートの印象は、日常性を超えたところで心に強く訴えかけるものを持っている。
ビートは思い切りよくラゲッジスペースを切り落としているが、このあたりにもノーテンキぶりがハッキリ出ている。テニスラケットもバッグも、脱いだコートやジャケットも、みんな助手席のガールフレンドのひざの上と足元に置くことを「よし」としている。この割り切りは見事なほどだ。ここまでやられると「まあ、いいか」ということになる。とはいえ、世の中、ノーテンキ万歳という人ばかりではない。マーケットの評価としては、ラゲッジスペース不足は不利な部分となるだろう。
エンジンはホンダらしくNAで押し通している。3気筒シングルカム12Vのエンジンは、656ccの排気量から64ps/8100rpmの最高出力と、6.1kgm/7000rpmの最大トルクを発生する。NAエンジンとしては、「さすがホンダ」といえる素晴らしいスペックである。
素晴らしいのは、もちろんスペックだけではない。実力も、当然ながら文句なしに素晴らしい。このエンジンは高性能モーターサイクル・ユニットのようによく回る。しかも洗練されていることといったらない。ひたすら気持ちいいのだ。
ターボによるトルクの差はカプチーノに当然及ばないが、この最高の洗練度は、ハンデの多くを補ってくれる。パワー的にもスポーツKカーのエンジンとして不満はまったくない。山岳路のヒルクライムでも、小さなNAエンジンは素晴らしいアベレージスピードを叩き出してくれる。
5速ギアボックスがまた出来がいい。これはもう最高だ。こんな気持ちのいいギアボックスは、そうそうお目にかかれるものではない。滑らかで、しっかりとした手応えがあって、どんなに速いシフトワークにも難なくついてきてくれる。とにかく、シフトすることが楽しくてしょうがない! もし「ギアボックス・オブ・ザ・イヤー」といった賞でもあれば、ボクはまったく迷うことなくビートのギアボックスに最高点をつける。
エンジンはミッドシップにマウントしている。荷物を全部、隣にいるガールフレンドのひざの上に載せてまでこうする必要があったのかどうかということは、当然問われて然るべきだとは思う。だが一方で、これはこれでいいのだとも、ボクは思う。
「スポーツカーなんだから、とにかくミッドシップがいいんじゃないか」といったノーテンキで素直なノリが、ボクには心地よく感じる。
で、ハンドリング。これはさすがに楽しい。低い重心と43対57の荷重配分は、最高の身のこなしを生んでいる。
ミッドシップの限界の激しい挙動を抑えるために、徹底的にリアを抑え込んでいるが、本当にビートのリアはテコでも動かない。タックインはもとより、コーナー中のブレーキングでもリアは不動の構えだった。
そのぶん、コーナーを追い込んでいくとアンダーステアは強く出る。徐々に出る性格のものだから、とくに危険はない。不特定多数のユーザーが乗るクルマだから、「何はともあれスタビリティ」というこのセッティングは正解だ。
問題はブレーキである。フロントの絶対荷重が小さいため、前輪のロックが起こりやすい。これはなんとかしたい。とくにコーナーの中でのブレーキロックは、クルマをアウトに向けて一直線に滑らせてしまうので、非常に危険だ。
これを防ぐのに有効な装備がABSだが設定はない。ビートの安全性を向上させるためには、エアバッグよりABSのほうがより有効だとボクは思う。
それにしてもビートは楽しい。見ても乗っても楽しい。間違いなくKカーの歴史に残るクルマだ。
※CD誌/1992年1月26日号掲載
