トヨタがGR GTとGR GT3の発売を明らかにした。ハイエンドの市販スポーツカーと、それをベースにしたレーシングカー、GT3の開発は、ブランド性を高めるとともに、富裕層のニーズに応えるための必須メニューである。ジェントルマンドライバーを主体に考えられたGT3の世界をレポートする。
ブランドを深化させるスポーツカービジネスの現状
2025年12月、トヨタ・ガズー・レーシングはフラッグシップスポーツカーのGR GTと、これをベースに開発したGT3レーシングカーのGR GT3について発表を行い、開発を進めているプロトタイプ車両を公開した。
なぜ、トヨタはGR GTだけでなくそのGT3モデルも同時に発表したのか。これについて解説するには、まず、GT3というレースカテゴリーについて理解しておく必要がある。
GT3のコンセプトは、国際的なGTレースの主催などで名を馳せていたステファン・ラテル氏が率いるSRO(ステファン・ラテル・オーガナイゼーション)がまとめたもので、国際的な自動車レースを統括するFIA(国際自動車連盟)には2004年11月に説明が行われ、FIA会長(当時)のマックス・モズレイ氏 から全面的な支援を取り付けていた。
SROの考え方は明快だった。自動車メーカーにとって最小限の投資で最大の効果が得られるGTレースとすることで、できる限り多くの自動車メーカーの参戦を促すとともに、アマチュアドライバー主体のレースとすることを目指したのだ。
この背景にあったのは、GTレースの将来に対する危機感だった。
ル・マン24時間レースからグループCカーが姿を消した1990年代半ば以降、GT1やGT2と呼ばれる車両を用いたレースが世界的に隆盛を誇るようになっていた。その中心的な存在がBPRグローバルGTシリーズで、ステファン・ラテル氏はこのイベント運営にも深く関与していた。
BPRが次第に成功を収めると、FIAがその管轄に乗り出してFIA ・GT選手権とシリーズ名を改めたが、自動車メーカー同士の戦いが激化したために参戦コストが高騰。これに嫌けがさした自動車メーカーが次々と撤退したため、結果的にFIA・GT選手権は2010年に幕を閉じることとなる。
SROはこうした未来を予見するかのようにGT3を立ち上げ、これを「歴史上、最も成功したGTレース」に育て上げたのである。
レーシングカーの改造を禁止し、参戦費用の高騰を避ける
GT3のコスト高騰を防ぐためにSROが実施した対策は、実にシンプルなものだった。SROの協力のもとにFIAが認証したGT3車両は、ベース車両からの改造を一定範囲に制限するとともに、自動車メーカーが作り出した状態のままレースを戦うことが義務づけられた。さらには、車両ごとの性能差を最小限に留める「性能調整(BoP=バランス・オブ・パフォーマンス)」を導入。多くの自動車メーカーが優勝を狙える状況を作り出すことで、各社が継続してシリーズに参戦する環境を整えたのである。
さらに興味深いことに、SROは世界中のレース主催者に対してGT3車両を用いたイベントの開催を認め、必要とあらばその支援を行っている。SROが直接運営するインターナショナルGTチャレンジ、GTワールドチャレンジ以外にも、アメリカのIMSA、日本のスーパーGTならびにスーパー耐久などでGT3車両を用いたレースが開催されているのは、こうした背景があるからなのだ。また、GT3で参戦できるレースが増えれば、GT3車両の販売台数が増え、これを手がける自動車メーカーにとっては対投資効果が一層高まることになる。これもまた、SROによる巧妙な戦略のたまものといっていいだろう。
2025年現在、メインシリーズというべきGTワールドチャレンジ・ヨーロッパに出場している車両は以下のようになる。
アストンマーティン(ヴァンテージ AMR GT3 EVO)
アウディ(R8 LMS GT3 EVOⅡ)
BMW(M4 GT3 EVO)
フェラーリ(296GT3)
フォード(マスタング GT3)
ランボルギーニ(ウラカンGT3 EVO)
マクラーレン(720 GT3 EVO)
メルセデス-AMG(AMG GT3 EVO)
ポルシェ(991 GT3 R)
コルヴェット(Z06 GT3.R)
これら10メーカーがエントリーするほか、IMSAや日本のスーパーGTにはレクサスRC F GT3や日産GT-RニスモGT3が参戦しているので、GT3レースを最前線で戦う自動車メーカーは少なくとも12社を数えることになる。
ちなみにGT3車両の価格は公開されていないケースがほとんどだが、近年は1億円を超えることも珍しくないもよう。こうした車両が、メルセデスAMGやアウディのような人気ブランドのものともなると50台以上も現役で戦っているのだから、自動車メーカーにとっては悪くないビジネスである。しかも、GT3レースに参戦するプライベートチームは「代金を支払って」GT3車両を購入するうえ、レース参戦中はさまざまなメンテナンスパーツが必要となる。つまり、多額の売り上げが見込めるのだ。
GT3はブランド価値と顧客満足度を高める
さらに、レースで活躍すれば自分たちのコマーシャルにも役立つほか、GT3のチームオーナーやドライバーの中には自分が愛するブランドのGT3車両でレースに出場したいと熱望する向きも少なくないので、GT3車両の供給はブランドのロイヤリティを高めることにも結びつく。つまり、GT3車両の販売は、スポーツカーメーカーにとって二重三重の旨みがあるビジネスなのである。
日本のGRは、こうしたビジネスに参入しようとしているのだ。
しかも、GR GTはGT3での成功を目標として掲げた世界的に見ても希有なスポーツカーである。これには、同じトヨタ自動車が生み出したGT3車両のレクサスRC F GT3が、期待したほどの成功を収められなかったことも大きく関係しているといわれる。
では、GR GTはどのような成り立ちのスポーツカーなのか。
アルミ製スペースフレームのボディ骨格、フロントエンジン、ギアボックスを後車軸上にレイアウトするトランスアクスル方式などは、いずれも現行型AMG GT3のベースである初代AMG GTと共通するもの。フロントエンジンを採用したのが「アマチュアのジェントルマンドライバーに扱いやすい特性を実現するため」という理由も、メルセデAMGの主張と同様である。
ただし、GR GTは4ℓ・V8ツインターボエンジンを搭載。これはAMG GT3の6.2ℓ自然吸気V8よりも低速域でのドライバビリティが優れていると考えられる。また、GR GTは複雑な形状を作りやすく車両の軽量・高剛性化に貢献する低圧砂型鋳造部品をサスペンション周辺などに用いていることも注目される。
とはいえ、どんなに基本性能が優れていても、前述した性能調整でライバルと横並びのパフォーマンスにされてしまうのがGT3車両開発の難しさでもある。これについては、性能調整の対象となるのが基本的に性能が最も高くなるピークパフォーマンスであることから、ピークパフォーマンスを外れた領域での性能低下を最小限に留めることにより幅広いコンディションで戦闘力を高く維持するとともに、ジェントルマンドライバーにとっても扱い特性を目指しているという。また、年次ごとの改良などを最小限に抑えることでチーム側の経済的負担を軽減し、多くのチームから採用してもらえる環境を整えることも、好成績を狙ううえでは有効な戦略といえるだろう。
いずれにせよ、レーシングカーであるGR GT3の成功が、ロードカーであるGR GTの評価を高め、GRのブランドイメージ向上に役立つのは間違いのないところ。これを実現するため、トヨタの技術者たちはいまも全速力でその開発に勤しんでいるところだ。