マツダの新型ロータリーエンジン8C誕生でみえたカーボンニュートラル時代における夢とロマン(前編)

新型ロータリーエンジン8C誕生には“未来への役割”が課せられている

いよいよ日本仕様のマツダMX-30・Rotary-EVが発表、予約受注が開始された。多くの自動車関連メディアやSNSをはじめ、テレビや新聞など一般メディアにも数多く取り上げられ、「ロータリーエンジン復活」の文字が大いに躍った。

しかしながら、SNSなどで書かれているコメントを見ていると、「発電だけじゃロータリーエンジン完全復活ではない!」などと嘆きの声がいくつかあった。確かに、そういった意見を表明するロータリーエンジン・ファンもいたのは事実。このたび発表された新型ロータリーエンジンは、型式名を8C-PH(以下、8C)とし、シリーズ式プラグインハイブリッド用の“発電専用”エンジンだったからだ。

ロータリーエンジンを動力としたスポーツカーの復活が、日本のファンのみならず、世界中のクルマ好きの夢であろうことから、そういいたい気持ちはよくわかる。だが、この新型ロータリーエンジン、8C。実は発電用エンジン以上の意義があり、いわば“ロータリーエンジンの未来”への役割があることを知っていただきたい。

本稿は前編・後編と2つにわかれており、今回の前編では、これまでのロータリーエンジンにまつわる歴史を振り返ると共に、MX-30 Rotary-EVに搭載された新型ロータリーエンジン8Cを用いた”e-SKYACTIV R-EV”の紹介、また新しくなったロータリーエンジン工場見学で得られた”気づき”を紹介する。後編では、今回の新型ロータリーエンジン8C誕生によってつながったロータリーエンジンの今後に向けたさらなる進化の可能性、またマツダの夢とロマン、そして将来の見通しについて紹介する。

マツダの“夢の結晶”であるロータリーエンジンの“らしさ”とは

マツダといえば、ロータリーエンジン。これは、ロータリーエンジン誕生から50年以上続く、マツダから想起される代表的なイメージ・認識のひとつである。ロータリーエンジン特有の数々の困難な技術問題に開発陣が総力を挙げ立ち向かい、見事に解決してきた。長年、“夢のエンジン”といわれたロータリーエンジンを実用化・量産化に成功し、さらに時代の要求に合わせて進化・発展させてきた唯一の自動車メーカーがマツダだからである。

1967年5月30日、マツダが世界初の2ローター・ロータリーエンジン搭載車「コスモスポーツ」を発表

そのロータリーエンジンが生み出す、レシプロエンジンでは得られない独特のフラットでスムーズな走行フィーリングは、多くのファンを魅了してきた。そして、その開発精神は“飽くなき挑戦”としてマツダのクルマづくりのスローガンとなっていく。

そんなロータリーエンジンが自動車エンジンの主流にならなかった要因は、マツダ以外の自動車メーカーが早々に諦めてしまったというのもあるが、ロータリーエンジンは内燃機関の熱効率上、レシプロエンジンに劣るからという理由が大きいだろう。乗用車の常用領域での低速トルクが少なく、燃費が劣ってしまうからだ。これは構造上の特性であるから仕方がない。

1971年発売のサバンナクーペ(写真はGS)。最初に搭載されたのは10A型ロータリーエンジン。

しかし、だからといってロータリーエンジンが生きる道がなかったかといえば、それは「NO」だ。本来、マツダが考えるロータリーエンジンの目指すところは、レシプロエンジンと張り合って勝つことではなく、ロータリーエンジンでしか実現できないことを追求すること。つまり、ロータリーエンジンが“活きる”形を確立するべきであると、マツダはそれを十分に理解していた。

1978年にはサバンナRX-7が発売。フロントミッドシップならではの低くてシャープなフロント、空気力学を重視した低く大胆なウェッジ型ボディが特徴だ

初代サバンナRX-7の12A型ロータリーエンジン

事実、ロータリーエンジンは、これまではコスモスポーツやRX-7、RX-8のようなスポーツカーのパワーユニットとすることで、その”ロータリーらしさ”を存分に発揮してきた。

その”ロータリーエンジンらしさ”とは何か。それはシンプルな構造で軽量・コンパクト・高出力、低振動・静粛性の高さである。そして、搭載性の高さによるパッケージングデザインの自由さも相まって、運動性能やステータスが求められるスポーツカーにうってつけのパワーユニットであるということだ。 

1985年に2代目となるサバンナRX-7(FC3S型)が登場。インタークーラー付きターボの13B型ロータリーエンジンが搭載された

そのメリットを最大限に活かしたRX-7やRX-8は、世界に多くの愛好家を持ち、いざサーキットを走れば、スムーズな加速に加え、高いコーナリングパフォーマンスを発揮し、いまでも格上のクルマ相手にも十分に張り合える運動性能を持ち合わせている。さらにいえば、ロータリーエンジンという、マツダが誇る“唯一無二のエンジン”を載せているという特別感もドライバーに高揚感を与えてくれる。これぞ、ロータリーエンジンでしか成し得なかった価値である。

1991年のフルモデルチェンジを経て車名からサバンナから外されたRX-7(
FD3S型)

漫画『頭文字D』や映画『ワイルド・スピード』シリーズなどでスポーツカーの象徴としての扱いが多いのがRX-7

ゼロベースで開発された新型ロータリーエンジン8Cを用いた"e-SKYACTIV R-EV"

話を元に戻そう。今回発電用エンジンとして登場した1ローターの新型ロータリーエンジン8Cの開発は、ゼロベースから設計された。

発電用であっても最高のロータリーエンジンを作ることを目標に熱効率の最大化を追求し、これまで長い間使用してきた基本諸元(ディメンジョン)を変更した。簡単にいえば、これまでに比べ三角形のおむすび形ローターと、ローターハウジングを大きくしたのだ。マツダはこれまでとの違いを明確にするように、これをCディメンジョンとし、排気量を示す数字と合わせて8Cと名付けられた。

13B型が654cc×2ローターであったことに対して、8C型は830cc×1ローターとなっている

この8Cは、前述したロータリーエンジンのストロングポイントを最大限に活かし、しかもEV特有の“静かな走り”にも貢献する。エンジンがコンパクトであるおかげで、駆動モーターや発電ジェネレータの設計自由度が増す。MX-30のエンジン(&モーター)ルームをご覧いただくとわかると思うが、パワーユニット前後にもスペースの余裕が十分にあり、これは衝突安全性能にも寄与するポイントになりそうだ。

マツダMX-30・Rotary-EVのエンジンルーム

この8Cとモーター/ジェネレータを組み合わせたe-SKYACTIV R-EVはレシプロエンジンでは成立しない、前述したようなロータリーエンジンの特長を存分に活かしたパワーユニットであることがうかがえる。このe-SKYACTIV R-EVの搭載車、いわばリファレンスモデルとして誕生したMX-30・Rotary-EVが、どのような仕上がりになっているのか、筆者も未だ試乗できていないのだが、実際の車両を走らせるときを待ち遠しく思っている。

予約開始と同時に発表されたMX-30 Rotary-EVの特別仕様車”Edition R”

 

マツダがこだわる“匠の育成”と“技術の継承”とそれらを担う若き職人たち

先日、新型ロータリーエンジン8C専用となってリニューアルされたロータリーエンジン組み立て工場を見学する機会が得られたのだが、足を踏み入れての第一印象は、エンジンを組み立てている職人が一様に“若い”ということ。8C生産開始に伴い、若い方々が多く加わったようだ。その若き職人たちは、取り付けるパーツごとに分かれて、手際よくエンジンを組み立てていく。

エンジン組み立てラインでは若き職人たちが1基ずつ丁寧に組み立てている

そんな新しい組み立てラインでもエンジン主要部分の”手作り感”は強い。とくにエンジン性能の要となる、ハウジング、ローター、エキセントリックシャフトなどインターナルパーツの組み立ては、職人の手によってひとつずつ丁寧に組み立てられていく。見学当日も室温25℃に保たれたクリーンルームの中で、ロータリーエンジンの“匠(たくみ)”が黙々とローターにガスシールを組み付けていた。

クリーンルームでの匠による作業の様子

このガスシールというのは、アペックスシール、コーナーシール、サイドシールのことで、そこが“ロータリーユニーク”の部分。これらのシールの組み合わせが長く扁平な燃焼室の気密を保つロータリーエンジンにとって最も重要なパーツだ。このローターとシール同士のクリアランス、いわゆるシールクリアランスの精度は数ミクロン単位で要求され、それいかんでエンジン性能にも直結する非常にデリケートな部分。組付けに用意された各シールは、あらかじめそれぞれ厚み/外径/長さの違いでランク付けされており、ローターに刻印された溝のランクに合わせてシールを組み付けていく。

アペックスシール、コーナーシール、サイドシールはあらかじめそれぞれ厚み/外径/長さの違いでランク付けされており、ローターに刻印された溝のランクに合わせて選ばれる

新しい加工機で精度を上げたとはいえ、シールやシール溝にはもちろん公差があり、熟練の“匠”にしかわからない領域の手の感覚で動きが均一になるように合わせていく。ちなみに、この“匠”は多くの訓練を積んで、なおかつ先人の“匠”に認められた者しか与えられない称号とのこと。現在3名の“匠”がおり、今後は若い職人も修行を積んで認められれば匠になれる。この先、日本仕様の販売も始まりエンジン生産数は増していくだろうから、ロータリーエンジンの未来のためにも、マツダの“匠”の育成と“技術の継承”が今後も続いてゆくことを期待してやまない。

続く後編では、今回の新型ロータリーエンジン8C誕生によってつながった、ロータリーエンジンの今後に向けたさらなる進化の可能性、またマツダの夢とロマン、そして将来の見通しについて紹介する。

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筆者(濱口康志) プロフィール

はまぐちやすし。1977年生まれ。ロータリーエンジン専門ショップREAL-TECH(リアルテック)代表 兼 ロータリーエンジン研究家。マツダが誇るロータリーエンジンの過去・現在・未来に関わるメカニズム・技術・歴史について日々研究しており、さまざまな自動車専門誌にも多く寄稿。ストリートからサーキットまであらゆるステージで走るRX-7、RX-8のメンテナンスやチューニングを数多く行ってきた経験と知識で、ロータリーエンジンのさらなる性能向上の可能性を追求している。ロータリーパーツやグッズ、書籍のコレクターでもある。

雑誌『CAR and DRIVER』連動記事

マツダMX-30 Rotary-EVレビュー記事掲載(P.12)

自動車ライター・大谷達也によるマツダの本拠地・広島での取材記事が本誌P.12〜15に掲載中ですのであわせてご覧ください

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