
MG RV8は1990年代初頭、当時広告関係の仕事をしていたローバー・ジャパンの担当者から「MG復活」と聞き即座にオーダー。納車まで1年半ほど待った。渡邊氏は「RV8は非日常を味わうツール、手の掛かる犬や猫を飼っている感覚に近い」と話す
私がクルマに興味を持ったきっかけは父です。父は覚えているだけでも2輪はメグロなどの大型に乗り、4輪はクラウンやハコスカ、国産初のターボ車のグロリア、いすゞ117クーペなどを乗り継いでいました。兄も学生時代に自動車部に在籍しラリーに熱中していたので、クルマ好きになる環境は整っていたと思います。免許を取得して初めて運転したのは、父の117クーペ。鮮明に覚えています。
初のマイカーは初代ホンダ・シティのハイルーフです。当時ホンダが好みでバラードスポーツCR-Xかシティ・ターボにしようと考えていたころに結婚が決まり、2台に未練を残しながら引っ越し荷物がそこそこ積めるクルマを選びました。エアコンの冷気を利用したクーラーボックスやモトコンポ(原付バイク)をリアに搭載できるなど、ホンダらしいアイデアに溢れた楽しいクルマでした。
その後、VWゴルフを経て、マニュアルのプジョー205GTIに乗りました。ピニンファリーナのデザインに引かれたのと、当時グループBで大活躍したラリー車両のイメージを色濃く感じたのが決め手でした。走りは最高でした。普通のSOHCエンジンでしたが胸のすくレスポンス、すべての動きが軽快だったことが記憶に残っています。ルアー&フライフィッシングに凝っていた時期で山道も楽しく遠方への釣行ツーリングも苦になりませんでした。
現在も所有し続けているMG RV8との出会いは、1990年代初頭、当時のローバー・ジャパンの広告関係の仕事をして3年ほど経ったころだったと記憶しています。担当者から「MGが復活して限定販売される」と聞きました。調べると北イングランドでMGBの金型が見つかって1000台以上作れそうで、MGBを現代的にお色直しをしてレンジローバーのV8エンジンを積むというのです。
ブリティッシュオープンスポーツが新車で購入できる、ということで迷わずオーダーしました。最初は濃紺を頼んだのですが、その後ボディカラーをグリーンに変更したのが影響して納車まで1年半ほどかかりました。
納車されたときのことは、いまでもよく覚えています。セールスの方の運転で暑い夏日の渋滞の中を走ってきたこともあって、RV8は燃料のパーコレーションを起こしていてエンジンストールを繰り返していました。
乗り込んで、まずパワーアシストなしのステアリングとクラッチの重さに驚きました。正直、なんて乗りにくいクルマを買ってしまったんだと後悔したものです。それでも毎日、通勤でつきあっているうちにクルマにパワーアシストがないなら、人間がパワーをつければいいんだと考え直しました。それもある意味でスポーツカーらしいと、トルクフルなエンジンに後押しされながら納得し始めていました。
RV8は希少車なのに希少価値の上がらない稀なクルマです。スタイリングは格別スタイリッシュではありませんし、元々乏しい快適装備は経年劣化で使えなくなってきています。
エアコンをONにすると電圧が極端に下がりますし、V8エンジンの熱気が足元に容赦なく入ってきて、ペダル奥の鉄板に触れるとスニーカーのゴムが溶けます。リアスクリーンを固定するジッパーが壊れたので雨の日は乗れなくなりました。
でもRV8が来てから2台体制を維持しているので何とかなっています。もともと、クルマはそんなに便利なものではないのです。“非日常を味わうツール”と割り切ってつきあっています。このRV8は、縁があって私のところにやってきました。修理ができるまで、そして体力が続く限り、とことん乗ろうと決心しています。
年に1回か2回でも、ソフトトップを開けて走れば、それだけで気分は高揚します。もしかすると手の掛かる犬や猫を飼っている感覚かもしれません。きっと手放してしまうとペットロスのような症状に陥りそうで心配です。
クルマとは工業製品であり、生活のツールなんだと結構ドライに捉えているつもりですが、いざ愛車選びとなると途方もなく悩むのはなぜでしょう? たかがクルマ、されどクルマ。やっぱりクルマ好きなんでしょうね。
【プロフィール】
渡邊アキラ(わたなべあきら)/1957年、東京生まれのイラストレーター。CAR and DRIVER誌の表紙をはじめタミヤ模型の箱絵、HONDA CARSのカレンダー、広告やキャラクター制作など仕事は多岐にわたる。AAFオートモビル・アート連盟理事。アトリエは東京、千葉県・浦安在住
