【人とクルマの物語】まさか初代マスタングに乗るとは思わなかった!? Le Garageマネージャー、渡辺大氏がアメ車に魅了される理由

VWゴルフやランチアなど欧州車を中心に乗り継いできた渡辺氏がたどり着いたのは1966年式のフォード・マスタング・コンバーチブル。すでに10年ほどのつきあい。ずっと乗り続けるという

VWゴルフやランチアなど欧州車を中心に乗り継いできた渡辺氏がたどり着いたのは1966年式のフォード・マスタング・コンバーチブル。すでに10年ほどのつきあい。ずっと乗り続けるという

クルマは人生の伴走者。生活に寄り添い喜びを与えてくれます

 お店のお客様などと比べると少ないのですが、現在のマスタングを愛車にするまでにヨーロッパ車を中心に10台ほどを乗り継ぎました。最初の2台は国産車。初めての「クルマのある生活」がうれしくて、夜もクルマで寝たりしていました。どこにでも行けるロボットを手に入れた気分でした。

渡辺さん

 クルマ自体の楽しさを知ったのはVWゴルフですね。ゴルフは中学のときに部活の先生に乗せてもらった折に、“このクルマは何かが違う”と感じ、ずっと気になっていました。20歳ごろにバイト先で知り合ったシトロエンBXに乗っていた方に自動車屋さんを紹介してもらい購入しました。1990年型のGTスペシャルという限定車でした。

ゴルフ

 所有してみると、やはり素晴らしいクルマでした。安定した足回り、思ったとおりに曲がるハンドリング、体の一部になるサイズ感。その後、クルマを判断する基準になりました。このゴルフとは、とにかくいつも一緒でしたね。この頃のVWの車内の“日なた”のような独特の匂いはいまも記憶に残っています。

 その後、しばらくして手に入れたランチア・テーマ8.32も印象深いクルマでした。私のは1991年式のフェーズ2モデルでした。フェラーリ・エンジンへの憧れと、セダンのトランクからスポイラーが出てくるというギミックにやられました。“8.32”というネーミングは8気筒/32Vのエンジンに起因しています。308由来のV8のエンジン音は最高でした。ジウジアーロの手がけた造形、ポルトローナ・フラウ製の本革シートは上質で、すべてが華麗でした。でもある意味ポンコツなんです。止まっているのにオドメーターが進んだり、気持ちよく駆け上がっていくスピードメーターの針が途中で外れて垂れ下がったり、とにかくでたらめな面がありました。そしてとにかく水温が上がる。メンテナンスフィーも高額でした。タイミングベルトを交換したところ、部品代は6000円なのに工賃は20数万円、衝撃的でした。それなのに“いいクルマだったなぁ……”と思えるのは、なんでなんでしょうね。

ランチア

 テーマはその後、ワゴンに乗り換えたのですが、当時、赤ちゃんだった娘が後席で顔を赤くして汗だくになっているのをみて、これはまずいと思い、エアコンがよく効き、安全なボルボを購入しました。嫁さんの強い希望を聞き入れた結果です。でも娘ももう成長しました。再び、自分が乗りたいと思うクルマを探し、マスタングにたどり着きました。

 私はヨーロッパ車ばかり乗ってきましたが、「アメ車」がずっと気になっていました。私のガラではないし、自分には似合わないと思っていました。でも先入観をなくしアメリカのクルマを眺めると、やっぱり文句なしに格好がいい。とくに初代のマスタングは、小ぶりでスポーティさとエレガントさを併せ持っている。やっぱり乗ってみようと思いました。2年ほど毎晩寝る前に中古車情報を見ていました。そして見つけました。

マスタング

 1966年製のマスタング・コンバーチブルには、お互いに労わりながら過ごしている感じです。初めて乗ったアメ車は、ふにゃふにゃのハンドリングで思うように曲がらない。暑いし寒い。雨漏りもする。だけど幌を開けて走るとすべてのストレスを吹っ飛ばし、リラックスした気分にさせてくれます。おおらかなこの時代のアメリカンV8は最高です。もう10年ほどのつきあいになります。最初の数年間はトラブルが頻発しましたが、現在はよい主治医も見つかり落ち着いています。人生の辛い時期も、このマスタングは支えてくれました。今後も後悔がないように自分が面倒を見られる限りは、このクルマと一緒にいたいと考えています。

走り

渡辺さん02

インパネ

【プロフィール】
渡辺大(わたなべまさる)/Le Garageマネージャー。2000年にデザイン会社であるAXISに入社。同社が運営するインテリアショップのLiving Motifを経て現在のLe Garageへ

フォトギャラリー

SNSでフォローする