竹岡圭 K&コンパクトカー【ヒットの真相】ダイハツ・ムーヴ「スライドドアを新採用、使いやすさがアップ」(2025年12月号)

ハイトワゴンの代名詞として軽自動車市場を牽引してきたダイハツ・ムーヴが、7代目で大きな転換点を迎えた。時代の主流であるスライドドアを採用し、デザインや走行性能も徹底的に磨き上げることで、「ムーヴらしさ」を守りながら進化を遂げた新型は、子離れ世代の心をつかむ一台へと生まれ変わった。

 1995年に初代が登場。ダイハツ・ムーヴも7代目となりました。スズキ・ワゴンRと共に、軽ハイトワゴン・クラスを引っ張ってきた立役者ですが、2003年にタントが登場した後は、世の中の主役はスーパーハイトワゴンに移り替わりまして、いまや軽自動車の約6割がスライドドア車となっているんですよね。やはり現在のニーズはスライドドアにある! ということで新型ムーヴは、スイングドアからスライドドアへと、大変貌を遂げることになりました。

 とはいえ、ムーヴはずっと乗り継いでいるユーザーが多く、そのあたりも気にかかるところですが、ムーヴが誕生した30年前は子育て世代だったユーザーも、いまはすっかり子離れ世代となり、安全・安心な乗り降りをしやすいスライドドアが便利という声が大きかったんだそうです。

 でも、スライドドアにしてしまうと、「果たしてムーヴに見えるのか?」という点が、今回のいちばんの課題だったんだとか。ムーヴといえば、Aピラーを寝かせたフォルムがデザインのいちばんの特徴ですが、スライドドアにすると上下にレールが必要になるので背が高くなるのは仕方ないとして、スライドドアの開口部を取るためには、Bピラーを前に出す必要があり、そうなるとAピラーを寝かすのが難しくなります。でもAピラーを立てると、ムーヴキャンバスと変わらなくなってしまうし、軽自動車はサイズ規格で全長3400mm以下と決まっているので、後ろにドンドン伸ばすのは難しいという制約の中で、果たしてどこまでAピラーを寝かせられるか……というのが、いちばん難しかったんだそうです。ダイハツの方にも「これ、ムーヴに見えますか?」と、何度も聞かれたのですが、私にはしっかりと新時代のムーヴに見えました。

 さて、今回のもうひとつの大改革は、ムーヴカスタムがなくなったことです。初代ムーヴの誕生時に「裏ムーヴ」とも呼ばれた、ちょっと悪そうなムーヴが一世を風靡したのですが、その時代はミラとムーヴしかなかったのでバリエーションを増やすために登場させたという経緯があり、いまはもうダイハツ軽自動車のラインアップも増えたことだし、住み分けも難しくなってきたしということで、思い切ってムーヴ・カスタムをなくしたということでした。

 とはいえ今回のムーヴは、全体的に甘さはほぼ感じません。開発陣の間では「男前ムーヴ」と呼ばれていて、「迷ったときはカッコイイかどうかで決断してきた」のだとか。動く姿が美しい、端正で凛々しいというのが、メインターゲットである60歳前後の子離れ世代に刺さるのではないか。バブルを経験し新人類と呼ばれた世代は、酸いも甘いも知っている。合理的な選択とこだわりのメリハリを重んじるだろうということで、毎日を頼れる堅実なクルマに仕上げたんだそうです。

 そして、今回その堅実さがいちばん表れていたのは、走り味だと思います。スライドドア車にするとどうしても車重が重くなるのですが、そこは2019年のタントから導入されたDNGAプラットフォームでカバー。剛性高く軽量に作れるということで、増加分は40kgに収まったとのこと。やはりクルマは軽いに越したことはありませんからね。

 そのうえで、主たるシチュエーションとして想定したのは、街乗りだけではなく遠出も含めた幅広い使い方とのこと。たとえばムーヴキャンバスは、40~50km/hくらいの街乗りをメインに、穏やかな挙動と乗り心地のよさを。全高が100mm高いタントは、重心高を含めた高速安定性のよさを。そしてムーヴはその真ん中を狙ったということです。日帰りで往復200kmくらいのロングドライブはヘッチャラで、ハイスピードのバイパスを30分くらい走っても疲れない、街乗りでの軽快感と高速での乗り心地と操縦安定性にこだわったんだそうです。

 実際それはそのとおりで、まずはNAエンジン搭載車の14インチタイヤで足回りの作り込みをし、その上で15インチタイヤでは上質さとターボのパワーを路面にしっかり伝えるようにしたというのがきちんとわかるほど、今回の15インチタイヤを履かせた試乗車の乗り味は、軽自動車を超えた感覚といってもいいほど上質でした。

 中でも、いちばん感動したのはステアフィールです。軽自動車は電動パワーステアリングのモーターの容量が不足ぎみで、徐々に切っていった際の手応え感が薄いものが多いのですが、新型ムーヴはビックリするほどしっかりしていました。もともとダイハツ車はパワーステアリングのフィーリングがいいモデルが多いのですが、1ランクまた上にいった感じがしたんですよね。実際手を触れて動かすところであり、平均スピード領域の低い軽自動車だからこそ、ステアフィールのよさがクルマ全体の印象に与える影響が大きいと、改めて感じることになりました。

 つまり、ムーヴのヒットの真相は、時代に乗った変化を恐れず、スライドドアを採用しながら堅実に作り込んだ点だと思います。

ダイハツ・ムーヴ「ヒットの真相」

1)スライドドア採用で利便性が大幅向上。長年のユーザー層のライフステージ変化に応え、安全で乗り降りしやすい軽ハイトワゴンへ進化した
2)DNGAプラットフォームの採用で車重増加を抑えつつ剛性を高め、街乗りから高速走行まで安定した走りと上質な乗り味を実現した
3)操作感を重視したステアフィールの仕上がりは軽自動車の域を超える完成度を実現。日常の走りに上質さと安心感をもたらしている

たけおかけい/各種メディアやリアルイベントで、多方面からクルマとカーライフにアプローチ。その一方で官公庁や道路会社等の委員なども務める。レースやラリーにもドライバーとして長年参戦。日本自動車ジャーナリスト協会・副会長。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

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