デザイナーというのは、多くの人の感動を喚起できるくらいの力のある形を生んで、その先にデザイン言語の広がりがあると思います。形の解釈というのは人それぞれです。その解釈の方向性を研ぎ澄ますために、言語というものが必要なのです。言語と形は表裏一体、一つのものだと思います。なので、言葉選びにはすごくこだわり、多くの時間をかけて一切妥協をしませんでした。そうやって生まれた言葉が、「魂動(こどう)=Soul of Motion」であり、いまも続くマツダのデザインテーマになっている「魂動デザイン」のはじまりでした。
約1年をかけて練り上げたこのフィロソフィー(哲学)をデザイン本部のメンバーに話したとき、彼らは一気に絵を描きたくなった、と。私の覚悟を込めたこの言葉には、それくらい多くのクリエイターをモチベートする力を持っていた、刺さったな、という実感がありました。ただ、この哲学を一言で言い当てるところまでは行き着いたものの、それを形にしないとみんなが完璧には腹落ちできないわけです。形と言葉はセットなので、それを表す形としてのクルマを一台つくらねばならない。これが、もう一つの大きなチャレンジでした。1年かけて作った、「魂動デザイン」という言葉の重みの中で、苦悩しながら生まれたのが「MAZDA 靱(SHINARI)」でした。
SHINARIにはマツダがもう一段二段、ブランドとして上に行くんだという意志を込めていたので、現在のブランドポジションにも影響を与えられたと思っています。一台一台のクルマというだけでなく、ブランド全体として見てもらえるようになる。これが私の究極の願いでもあったのです。
そうして、「魂動」というデザイン言語を用いて、最初のビジョンモデルであるSHINARIをダイレクトに製品化したのがアテンザ(MAZDA6)でした。ダイレクトとはいえ骨格がまったく違うので、簡単ではありませんでした。クルマというのはサイズも値段もぜんぜん違います。それを一つの言語でつくるというのはとても難しいのです。
デザインがもたらす価値とは何か、これは究極の問いだと思います。洋服や住環境などと同様、デザイン力のある綺麗で美しい「道具」を使っていると、持っているだけで豊かな気持ちになれますよね。道具によっては使うにつれて愛着がわいてきて、名前をつけられ、いずれは愛すべき存在へと昇華する。こういった「変化」を通じて、ある種の幸せを感じてもらうこと、これが私たちに提供できる最高の価値なのかなと思います。私たちができることは、その「最小エレメント」である道具を、クルマを、より綺麗で美しい、豊かさを感じられるものにしていくことなのです。いま、デザインという言葉のカバレッジが広がっています。でもデザイナーにとって大切なのは、徹底的にやり切ること。その成果が集まっていくことで、世の中の豊かさはグッと高まると思います。
※この記事は「自動車ガイドブック2024-2025 Vol.71」からの抜粋です
前田育男/マツダ株式会社 エグゼクティブフェロー ブランドデザイン
1982年 京都工芸繊維大学 意匠工芸学科卒業後、東洋工業株式会社(現マツダ株式会社)入社。2009年にデザイン本部長に就任し、マツダブランド全体を司どるデザインテーマ「魂動デザイン」を提唱。2013年執行役員、2016年常務執行役員となり、2016年よりエグゼクティブフェロー ブランドデザインを務める。MAZDA SPRIT RACINGの代表兼レーシングドライバーでもある
